第15話 後顧の憂いを断とう 3

2分後。

到着したアパートのエントランス前には、二人の青年が拘束され、座らされていた。


「さて質問タイムだ。君たちは、此処で何をしようとしていたのかな?」

仕事モードへと切り替えた部長は、丁寧な口調で青年達に対して詰問する。


「知らない! 何もしていない!」

「突然、仲間がバイクごと空に飛ばされて、落ちてきたんだよ! 助けてくれ!」


混乱した二人は、口々に「何もしていない」「助けてくれ」を繰り返すばかりだ。

収拾がつかない状況だが、しかし時間経過と共に次第に冷静になってくると、裁判長役の青年の瞳に、徐々にだが理性の光が戻り始めた。


「そうだ! 俺の家に連絡させろ! 顧問弁護士を呼ぶ。それまでは何も喋らない」


「ほう……」

その瞬間、部長の雰囲気が一変した。


鬼軍曹も裸足で逃げ出す威圧によって、周囲の気温が一気に氷点下にまで下がったような錯覚に陥る。

青年達はビクッと体を震わせると、一斉に口を噤んだ。


「その「空から落ちてきた」と云うは聞かなかった事にしておいてやろう。嘘を吐くにしても、もっと現実的マシな嘘を吐くべきだ。そうだろう?」


〈事実〉を〈戯れ言〉と断じる事で、彼らの主張を暗に封じるゴリマッチョ部長。


「……ところで、あそこで起こった。それに、そこの妙なポリタンク」


部長は、上空から落下して無残な姿を晒すバイクと、新聞紙がねじ込まれたままのポリタンクを1つずつ指差し、今一度訊ね直す。


「よく聞け。このまま お前たちが「何もしていない」と云い続けていれば、その顧問弁護士とやらは、お前たちの罪を『バイクで事故を起こした道交法違反だけ』にしてくれるだろう、おめでとう。……だがな」


そこまで云うとゴリマッチョ部長は、意味深に言葉を区切る。

強烈なプレッシャーを受け、二人の乾いた喉がゴクリと鳴った。


「警察にも面子ってものがある。わかるだろう?」

ゴリマッチョ部長は、青年らの口を手で ゆっくり塞ぎながら、耳元で囁いた。


「一人で良い。君ら二人のうち、どちらか一人を放火の首謀者……生贄として差し出すなら、差し出した奴だけは、司法取引で無罪放免にしてやろう」


阿修羅の微笑みを浮かべつつ、ゴリマッチョ部長は「俺は慈悲深いからな」と、凶悪な目つきで二人に目配せする。


そして青年達が『相手を生贄にする事で自分が罪を免れる可能性』を十分に理解するまで待つと、ゴリマッチョ部長は、更に言葉を続けた。


「だがな、俺の慈悲は一人限定だ。お前ら二人が放火の罪を相互に告発し合うなら、その時は、二人とも放火の現行犯として処罰するので、そのつもりでな」


その言葉に、思わず青年二人は顔を見合わせた。

つまり、放火の罪を二人が告発し合ってしまえば、逆に「何もしていない」と双方だんまりを続けるより、罪が重くなってしまうと云う事である。


つまり、おのれが無罪放免を掴み取る為には、相手が黙秘をしている状況で、なおかつ自分だけが、相手を放火の首謀者として告発した場合でちくらなければならない。


「おい、お前! 絶対、黙秘しろ! さもないと……ムグッ」

「おっと、相談は無しだ。返事は後で聞く。あと、顧問弁護士とやらに この件を話しても、この話は ご破算だ。わかったな?」


部長から溢れ出る強烈な殺気に当てられた青年二人は、必死になって首をブンブンと縦に振った。


「よしよし。この二人を連れて行け! ただし、別々にな」

そう云い終わると、青年二人は一言も喋る間も与えられず、それぞれの護送車へと連行されて行った。


その様子を側で見ていた回収班の作業員は、呆れた顔でゴリマッチョ部長へと尋ねた。


「いったい何の権限があって、あんな提案をしたのですか?」

「やつらの口の滑りを良くする為の単なるブラフだ。気にするな」


作業員へと振り向いた部長は、したり顔でそう言い放つ。


「司法取引で無罪にする」なんてを信じるかどうかは、相手の勝手に過ぎないし、そもそも部長の所属するは厚生省。司法権限なんて、あるはずがない。


だが、賭けても良い。

片方だけが相手を告発し、一人だけが無罪放免となる、そんな選択肢が選ばれる可能性は、ほぼゼロだ。


自白と云うのは、最初の壁を越えさせるまでが大変なのだ。

だが、その壁を越えさせさえすれば、後は聞かれなくてもベラベラ喋りだすモノだと、防衛庁時代の経験から語る、ゴリマッチョ部長。


アレは、その為の呼び水なのだと。


「しかし、どう考えても、二人とも「何もしていない」と主張し続けると思いますが……」


提示された条件では、二人が「何もしていない」と云うのが、双方にとって最も合理的な解答だ。

そうすれば、二人とも単なる道交法違反で済むのだから。


「いや、二人とも相手を告発するさ、互いを放火の首謀者としてな」

部長は確信を持って、そう答えた。


底辺の人間は、『相手が自分を告発する可能性』を心配して、二人仲良く告発し合う道を選ぶ。

信頼の無い間柄では、二人黙って軽い罪となる道は、まず選ばない。

例え、それが<最適解>だとしてもだ。


双方とも、「相手が自分を裏切り、一人だけ助かろうとするだろう」と考え、結局は、告発し合う道を選ぶ。

これが、世に云う『囚人のジレンマ』と云うヤツなのだ。


ゴリマッチョ部長が一息ついて周囲に目を向けると、少数精鋭で構成された回収班によって、急ピッチで原状回復が図られていた。

手際よく、見る見るうちに道路や壁が元の姿を取り戻していく。


そして朝には、アパート周辺は何事も無かったかの様に整っているのだろう。

誰にも気づかれることなく……

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