第14話 後顧の憂いを断とう 2

階段を上るカツカツと云う靴音と共に、見覚えのある筋肉質の巨体が、エンリの前へと姿を現した。


大声を出し、靴音を殊更大きく響かせるのは、エンリに これから近づく事を知らせる為。

そして、敵意の無い事を知らせる為である。


「小鳥遊クンとこの部長か、久しいのぅ」

階段の踊り場に姿を現した、小鳥遊クンの直属の上司であるゴリマッチョ部長。


エンリは、やって来た部長に一瞥をくれると、すぐさま眼下に視線を移し、残った二人の暴走族へと、その指先を向ける。

自分に興味の欠片すら示さないエンリを見詰めながら、部長は、まずはの言葉を口にした。


「助かったぜ、嬢ちゃん。なにせ このアパートの階下には、俺の愛する嫁と娘が、ぐーすか眠ってやがるからよう」


知らずに就寝していれば、愛する家族が火災に捲き込まれたかも知れない。

「まったく! 可愛い娘がPTSDにでもなったらどうする! だろ?」と、部長は怒りを顕わに、眼下の暴走族を睨みつける。

……ちらちらとエンリの方を伺いながら。


そんな部長を尻目に、エンリは淡々と作業を再開した。

何やら遠回しに、かまって欲しそうな部長の雰囲気は、ガン無視して……


「大気に眠るマナよ……」

エンリの指先にほのかな光が灯ると、緩やかに魔法陣の光跡がえがかれ始めた。


魔法発動の兆候を目視で確認した部長は、「おっと、やべぇやべぇ」と慌てながら、急いでエンリにストップをかける。


「待った、待った! すまねぇが、あの二人は無傷で残しておいて貰えないか? こっちで引き取りたいんだと」

そんな部長の言葉に、「はぁ?」と云いたそうな目を向けるエンリ。


ばつの悪そうな顔をしながら、ゴリマッチョ部長は「放火犯なんぞ、助ける義理はねぇんだがよう……」と ぼやく。


今回の事も、近づいてきた暴走族に対して、監視班が しっかりと脅威判定をしてさえおけば、事を起こさせる前に身柄を拘束できていたのだ。

監視班彼らの状況判断能力や危機意識の低さには、溜息しか出てこない。


仮に、火災が発生していれば、エンリが行う消火活動と報復措置で、『ここいら一帯が水没していた可能性は、極めて高かった』と云うのにだ。

部長にしてみれば、暴走族1つを生贄に事が収まるなら、身柄なんぞ放っておけと云う所である。


だが、今日の監視班の連中は、どうも その辺の割り切りや、目の前で起きている惨劇に対する耐性が低かったようだ。


『まったく、<<習志野の悲劇>>を実体験として知らない連中は、これだから困る』


夜中に叩き起こされ、緊急コールに出てみると、「人が次々と空から落ちてくるんです。なんとか、助けてあげてください」と来たもんだ。


困って泣きついて来るのは構わないが、部長としても妻子ある身、我が身は可愛い。

小鳥遊クンの様に、普通の子供に接するように、エンリの行動を止める度胸は無かった。


その肝心かなめの小鳥遊クンは、緊急コールに出ない。

着拒なんぞ できる性格でない以上、部屋のベッドでグースカ眠らされているのだろう。

エンリが本件に、証拠だ。


ひとまず部長として、エンリを止める姿勢だけは見せた。

後は、彼女の気まぐれにすがる他ない。

まぁ、十中八九ダメだろうが……


「ふむ。そうじゃの……」

完成間近だった魔法陣の光が不意に消失した。


「好きにするが良いのじゃ」

エンリは くるりと振り向くと、テトテトと小鳥遊クンの眠るアパートの部屋へと足を向ける。

お気に入りのウサギさんスリッパが、そのたびにプキュープキューと音を立てた。


部長の方は、素直に身柄の引き渡しが了承された事に、少なからぬ驚きを露わにし、固まっていた。


「そうそう。やつらの背後を洗え。唆した者・・・・がいるはずじゃ」

エンリは去り際、そう云い残すと、眠そうに欠伸あくびをしながら扉を閉めた。


エンリの残した言葉に渋い顔をするゴリマッチョ部長。

溜息を吐き、腰から軍用無線トランシーバーを取り出す。


「回収班、作業を開始しろ」

「「了解ラジャー」」


手慣れた感じの作業員によって、清掃作業は極めて静かに行われた。

監視班の連中は、自衛隊中央病院に送って、心理検査を受けさせるように、と手配する。

平和ボケした連中には、今回の事は、少々刺激が強すぎたはずだ。


ゴリマッチョ部長は、娘に嫌われるのが嫌で、家では絶対に吸わない煙草を口に咥え、軍用無線トランシーバーで細かい指示を出しながら、ゆっくりと階下へと降りて行った。

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