第13話 後顧の憂いを断とう 1

草木も眠る丑三つ時、小鳥遊たかなしクンのアパート前には、異様な風体の男達が集合していた。

彼らは昼間に遭遇した、暴走族の青年達である。

わざわざ音を立てない様、自分のバイクを手で押して、ここまでやって来た。


集団グループの中に、リーダー格の青年の姿は見えない。

この場には手下の連中だけが訪れた様だった。


「おいおい、リーダーは呼ばなかったのか?」

「アイツは単なる財布だろ? リーダー面して稼ぎの半分は持って行く様な奴を呼べるかよ」


リーダー格の青年が聞いていれば、憤慨しそうな台詞が飛び出す。

彼らの云う半分の金にしても、組織への上納とグループ連中へのオゴリで消えてしまう。

リーダーの取り分など殆ど無かったのに、酷い言い草だった。


この集団グループの大半は、社会から脱落ドロップアウトした上流階級ぼんぼんの子弟で構成されている。

金銭感覚の無さと、金遣いの荒らさでは、定評があった。


「で、ここが昼間のおっさんの家か?」

「そうッス。この目で確認したッス」


あの後、二人を尾行していた青年が答えると、ポリタンクを手にした青年達が、ワラワラとアパートに近づいた。


「では、これより裁判を始めまーす。被告人は、俺らの崇高な募金活動を拒否すると云う、反社会的行動を起こしました。有罪と思われる方は挙手をお願いしまーす」

有罪ギルティー

有罪ギルティー

その場にいる全員が醜悪な笑みで「有罪ギルティー」と手を挙げる。


「判決! よって被告人を火炙りの刑に処しまーす」


これは、彼らの考えた娯楽だった。

住宅に火を着け、焼け出された人々の絶望的な表情を写真に撮って、ネットに公開する。


リーダー格の青年がいれば、青い顔をして必死になって止めた事だろう。

しかし、タガの外れた青年達を止める人間は、この場には誰もいなかった。


最初は、おっさんの家を突き止めて小金を稼ぐだけの腹積もりだった。

しかし、あれよ あれよと云う間に、内容が放火にまでエスカレートしてしまった。


単なる憂さ晴らし。

日頃の溜まりに溜まった鬱憤うっぷんが、この どうしようもない娯楽へ、彼らを導いた。


『自分達は抑圧されている』

彼らは常々、そう感じていたのだ。


しょせん成金連中と、周りの集団グループからは揶揄され、蔑まれる日々。

楽しい募金活動は、リーダー格の青年の指示に、いちいち従わなくてはならず、自分達の思う通りには させてもらえない。


自由を求めて暴走族になったと云うのに、ここでも組織のヒエラルキーには逆らえず、上役には常にヘコヘコしなければならない日々。

屈辱だった。


そんな中、リーダー格の青年を可愛がっていた組織の幹部が事故で入院した。

そして、彼らは気付いたのだ。

リーダーを庇護していた権力が消え失せれば、もうリーダーの言いなりになる必要は無いのだと云う事を。


これからは、自分達の やりたい様にやる。

手始めに、むかつくおっさんの絶望した顔でも見てやろう。

彼らの動機なんて、そんな単純モノでしかなかった。


灯油を満載したポリタンクに焚き付け用の新聞紙が差し込まれる。


想像力の欠如した頭では、人が焼け死ぬかも知れないとか、思い出や財産を焼失して、絶望する人がいるかも知れないと云う考えは浮かばない。


モヤモヤする気持ちをスカッとしたい。

その一念でしか行動していなかった。


どうせ、俺らは未成年。

手が後ろに回った所で大した事はないし、親が何とかしてくれる。


彼らの倫理的な壁は、限りなく低いモノだった。


シュボッ!


高級そうなオイルライターに火が灯る。

ゾクゾクとした背徳感に、その場にいる全員が狂喜した。


裁判長役の青年が、この場を代表して号令をかける。

「イッツ、ショウ、ターイム」


ドォウン!!!


掛け声と共に、ポリタンクの前にいた人間が、周囲のバイクと共に一斉に宙を舞った。

それは それは、とても芸術的な軌跡をえがいて。


「な……なっ」

数秒後、重力に引き寄せられ、目の前にドサッ、ドサッと、人が降って来る。

あまりの光景に、腰を抜かして座り込む、裁判長役の青年。


最初に飛ばされた連中が地上へ落ち切ると、その後は丁寧に一人ずつ、別の仲間が空へと飛ばされた。


飛ばされた仲間が地上へ落ちるたびに、新たに上空へと巻き上げられる仲間たち。

状況を察して逃げようとすれば、優先的に空へ飛ばされる。

大混乱に陥った集団は、数分もせず、たった二人を残して、全ての人間が空へと飛ばされ、そして地に落ちた。


「どうなってやがる」

裁判長役だった青年が、絶望交じりの呟きを漏らす。


「何なんっスか!? 一体、何が起こっているんッスか!?」

二人の尾行役だった青年が、半狂乱になりながら喚き散らす。


「あやつらで最後じゃな……」

最上階。玄関前の廊下から、眼下に倒れる暴走族を手すり越しに見つめ、エンリは感慨もなく呟いた。


その時だった。


「こいつは派手にやりやがったなぁ……」

エンリの後ろから、突如 野太い声が鳴り響いた。

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