第12話 暴走族に注意しよう 6

帰り道、小鳥遊クンは殊更遠回りする道を選んで歩いていた。

ひとまず窮地を脱した事に安堵しつつも、未だ緊張の糸はほどかない。


「小鳥遊クン。先ほどの連中、やはり殲滅しておいた方が良くないかのう? 小鳥遊クンが心配なのじゃ……」

「やめて、お願いだから……」


エンリが自分の事を心配してくれる事は、掛け値なしで嬉しい。

そんなエンリの気遣いを「物騒すぎるから」と云って、素気そっけ無く拒否するのは、本当に心苦しかった。


しかし、ここはエンリの生きた<<剣と魔法の飛び交う乱世>>ではない。

そんな原始的なシステムに頼らなくとも、現代社会では安全は充分に確保できるのだ。


敵を殲滅する事だけが生きるすべではない。


「そうかのぅ? 悪意がこちらに害を成す前に、さっさと処分しておいた方が良いと思うのじゃが……」

エンリは 悲しそうに呟く。


確かに、現代社会のシステムとて完璧ではない。

現状では、明確な悪意に対する先制対応は、事実上不可能だ。

ストーカーやテロなどの異常犯罪者に対して、治安機構は後手に回らざるを得ない。


だが……


「自分の力だけで解決しようとしないで、もっと社会を頼ろう。エンリ」

エンリが力を振るうと、物理的に、精神的に、周辺への被害が半端ない。


暴走族への不安が無くなるのと引き換えに、暴走族が物理的に消失したのでは、小鳥遊クンの か細い神経が持たなかった。


そこまでは求めていないのだ。そこまでは!


現代社会の価値観に慣れきった、もやしっ子の繊細な神経は、何本かき集めて束にしようと、乱世を生き抜いた幼女の図太い神経一本にも勝てやしない。


『何としてもエンリを思い留まらせないと』


自分を恫喝してきた暴走族を助ける為に必死になる、お人好しの小鳥遊クン。

それが、どんなに困難な道程みちのりになろうとも、小鳥遊クンはエンリへの説得を成功させるつもりだった。


決意を固め、拳を握り、真剣な面持ちで、エンリへと一歩を踏み出す。


「んーしょうがないのう。なら、小鳥遊クンが今度お菓子を買ってくれるなら、別にやつらを放置でも良いのじゃ♪」


そんな小鳥遊クンの覚悟の出鼻を挫く様に、エンリは、ひどく お手軽な妥協案を、無邪気な笑顔で口にした。


「好きなの買ってあげよう!」

小鳥遊クンは破顔一笑、エンリの提案に速攻飛びついた。


にんまりと意味深な笑みを零すエンリ。


「ついでに、氷菓も……良いかのう?」

「ああ、乳脂肪分8%以上のアイスクリームだってオッケーだ」


上目遣いのエンリの おねだりに対して、大盤振る舞いの小鳥遊クン。

普段はエンリに対して、ここまで甘々な態度は絶対にとらない。


職業柄、躾を良く理解していない親によって育てられた子供の末路を知る小鳥遊クン。

彼の子育て論は、意外とシビアなのである。


養父として「エンリの為にならない事はしない、させない」が信条。


例えどんなに お菓子が欲しいと云われても、まずは我慢を覚えさせる為に、直ぐに買い与える様な事はしない。また、お菓子モノで子供を釣る様な真似も、価値観が歪むと云って、絶対しない。


そんな鉄壁の小鳥遊クンだが、どう云う訳だか、こうもあっさりと……


「ふむ、あの者が使っておった技法スキルは、意外と使えるのう……」

エンリは、しきりに感心しながら小声で呟いた。



リーダー格の青年は、実戦経験で培った<<交渉術>>と云う技術テクニックの中から、いくつかの技法スキルを習得していた。


この世界で体系化され概念化された技術テクニックであれば、エンリは『英知の書庫』を通して、知識の海と云う<<集合的無意識>>の中から、それらを知る事が出来る。


その中で、今回エンリが知ったのは、<<ドア・イン・ザ・フェイス>>と<<フット・イン・ザ・ドア>>と云う技法スキルだった。

先程、それを実験がてら、小鳥遊クンに試してみたのだ。


とは云え『英知の書庫』は、<<集合的無意識>>の中に蓄えられた知識を ただ求められるまま引き出すだけの単なるインターフェースである。

そこで知り得た技法スキルを自在に使いこなせる様になると云った、便利なシロモノではない。

あくまでも、便利な脳内ネット検索みたいなモノに過ぎない。

ちゃんと知識を身に着ける為には、反復学習か、実地での訓練が必須なのである。


「じゃあ約束。今度、彼らを見かけても、こちらから手を出しちゃ駄目だよ」

「わかっておるのじゃ。、捨て置く。これでよかろう?」


小指と小指を搦め合い「ゆーびきり、げーんまん」と歌い合う二人。

歌い終わると、小鳥遊クンはエンリの頭を撫でながら「ごめんな」と呟いた。


今回の件は明らかに小鳥遊クンの不注意だった。

注意を怠り、不要な厄介事にエンリを巻き込んでしまった事を深く反省する小鳥遊クン。

そんな小鳥遊クンに「気にする事は ないのじゃ」と笑顔を向けるエンリ。


幸か不幸か二人は気付いていない。

そもそも夜中にエンリが魔法をぶっ放した事が、あの危険な状況を作り出した根本的原因であった事を……


小鳥遊クンは「よいしょ」っと、エンリを抱き上げると、そのまま家路を急ぐ。

遅くなろうとも、子供には なるべく自分の足で歩かせる方針の小鳥遊クンにしては、珍しい行動だった。


左、右と、足早に角を曲がった所で、小鳥遊クンは小声でエンリに尋ねる。

「エンリ。後ろをつけて来る人は いないかい?」


抱っこして歩けば、エンリの顔は、常に進行方向の後ろを向く。

後方を確認しつつ前進するには、これは持って来いの姿勢だった。


「小鳥遊クンは心配性じゃのう」

呆れた声でエンリはクスクスと笑う。


エンリには手出し不要と伝えたが、ああ云った手合いは、どんな恨みを持つかわからない。

完全に縁が切れたと確認出来るまでは、常に警戒しておかなければならない。


小鳥遊クンが、わざわざ遠回りで帰宅するルートを選んだのも、暴走族に後を付けられていないか、確認する為である。


「安心せい。誰も居らぬのじゃ」

一通り周囲を見渡してから、エンリはそう断言した。


ほっと胸を撫で下ろす小鳥遊クン。

しかし小鳥遊クンは、この抱っこの姿勢がもたらす致命的な欠陥を見落としていた。


後方監視をエンリだけに依存している事が、何を意味するのかを……


エンリは楽しそうに笑っている。

黙して語らず。


エンリの幼い瞳には、二人の後をつけて来る怪しい人影が、しっかりと写し出されていた。

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