第10話 暴走族に注意しよう 4

青年は平日の昼間に事に及んだ事を今更ながらに後悔していた。

焦っていたとは云え、やはり夕方まで待って、下校中の中高生をターゲットにすべきだった。


最近はSNSや携帯電話の普及で、親を介せず呼び出しが出来る時代だ。

継続的に搾取できると云う点で、学生相手には その場で金を出させるより、連絡先を聞き出す事の方が利益は大きかったりする。


大抵の人間は、金を払いたくないのと、早く解放されたいのとが相まって、適当な言い訳で、その場を誤魔化そうとする。

そこを糸口に連絡先を聞き出せれば、こっちのモノだった。


金を出す事を断ったカモは、その事に後ろめたさを抱くようで、次のお願いは比較的すんなりと聞いてくれる。そして、一度でもそうなれば、あとはズルズルと搾取できるのだ。


【ふむ。<<ドア・イン・ザ・フェイス>>と、<<フット・イン・ザ・ドア>>と云う技法スキルじゃな】

ドアイン? なんじゃそりゃ?


青年は頭を軽く振って意識を切り替えた。

今回、学生相手にちまちま稼ぐ手間と時間を惜しんで、即金目的で おっさんを狙った。

だが、目の前の こいつはハズレだった。

思う様な反応を引き出せない。


とにかく今は、数をこなして、金額を稼がなければならない。

本音を云うと、この出し渋り野郎には、さっさと見切りをつけて、次のターゲットを探したい所なのだが、部下の手前、このまま帰す事も出来かねた。


情けない風体のおっさん一人を これだけの人数で囲んで、初っ端から何の成果も上げられなければ、一気に求心力が低下する。

金の力で纏まった勢力は、ひどく脆いのだ。


「おっさん、何びびってんの? ダッセー。冗談だよ、ジョーダン」


青年は おちゃらけた口調で、「いやー、足がぶつかっちまった、すまん、すまん」と、形ばかりの謝罪を口にしつつ、オブラートに包んだ言葉で、小鳥遊クンを殊更、嘲笑し、侮蔑する。


普通なら、ここまでされれば、怒るなり、ビビるなり、何らかのアクションがあるモノなのだが、小鳥遊クンはしきりに何かを気にするばかりで、こちらに注意を向けてこない。


心情の伺えない小鳥遊クンの態度に、苛立ちを募らせるリーダー格の青年。

相手を攻めあぐねていた丁度その時、青年は小鳥遊クンの横でたたずむ幼女の存在に目を付けた。


「ねぇ、お嬢ちゃん。学校は どこかなぁ?」

「ばっ! その子は関係ない!」


当たりだった。

小鳥遊クンは慌ててエンリを背中に庇い、緊張した面持ちで こちらを睨みつける。


青年は ようやく小鳥遊クンの弱点を見つけた事に、下卑げびた笑いを濃くする。

攻めるべきポイントが露わになれば、後は そこを攻めれば良い。


一方、小鳥遊クンの内心は、焦りまくりの状態だった。

今はまだ、エンリが状況を面白がって傍観してくれている。しかし、この状態が長くは持たない事も理解していた。


エンリが この膠着した状況に飽きるか、悪意が少しでもエンリに向かった瞬間、この周辺が地獄絵図と化す事は、容易に想像できた。


小鳥遊クンは、そうなる前にエンリを連れて脱出しなければならない。

だが、小鳥遊クンの採れる選択肢に「お金を払って穏便に」と云う項目は無かった。


エンリが隣にいなければ、最悪それでも良かっただろう。

しかし<<暴力によって安易に利益を得る行為>>を、エンリに見せる訳にはいかなかった。

それが「あり」だとは、思わせる訳にはいかなかった。

もしもエンリが その味を覚えてしまったら、エンリは二度と現代社会で暮らしていけなくなる。


『だから、多少強引でも行くしかない』

悲壮な決意を込めて、小鳥遊クンは一歩を踏み出した。


「申し訳ありませんが、これで失礼させて頂きます」

小鳥遊クンは深々と頭を下げると、きびすを返して、その場を後にしようとする。


もうこうなったら、ダッシュで逃げる。

物々しい決意とは裏腹に、かなり情けない行動を選択した小鳥遊クン。

しかし、それで正解なのだ。


こう云った連中には極力関わらない。

関わってしまった場合は、速やかに距離を取る。

距離さえ取れれば、自分を守る方法は幾らでもあるのだから。


だが……


カシャ

小鳥遊クンが背を向けた その瞬間。

そこにカメラのシャッター音が鳴り響いた。


「お嬢ちゃん、可愛く撮れたぜぇ」

振り返るとリーダー格の青年が、携帯電話片手に醜悪な顔で、そう述べていた。

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