第9話 暴走族に注意しよう 3

「それにしても、頭悪そうな格好の連中ばかりじゃな」


必死で状況を打開しようとする小鳥遊たかなしクンの涙ぐましい努力になど目もくれず、エンリは素直すぎる感想を目の前の暴走族に投げかけた。


彼らの蟀谷こめかみの血管が、「ブチッ」っと音を立てて切れる幻聴が、小鳥遊クンには聞こえた気がした。


「あんだとぉ、コラ! ぶっ殺されてーのか?」

「ガキだからって容赦しねぇーぞ、あぁん!」


ほんと、切れやすい世代である。

「お前らはエンリか!」と、小鳥遊クンは叫びそうになる。

まぁ、エンリの場合は、わざわざ恫喝なんてせずに、無言で実力を行使するのだけど……


「おいおい! ガキ相手に喧嘩売って恥ずかしくねーのかぁ? オラァ」


高まる緊張、一触即発の事態に、後からやって来たリーダー格の青年は、至極まっとうな意見を振りかざして、周囲を黙らせた。

青年の「俺、良い事云った」ってドヤ顔が正直うざい。


「うちらもよぉ。堅気にはよぉ。関わるつもりは ないんだがよぉ。ちょーっと、話を聞いて貰いたいんだよぉ」

よぉよぉ云いながら、肩で風を切り、リーダー格の青年が、こちらに にじり寄って来る。


「実はよぉ。うちらの頭がよぉ。この近所で事故っちまってよぉ……」


そうして青年の、回りくどくて分かり辛い話が始まった。

何の事はない。「事故った友達が、高額な入院費が払えなくて困っているので、<<募金>>を お願いしたい」と云う事だった。


その事故がエンリの仕出かしたモノだと知る小鳥遊クンは、話が本当なら、責任を取る意味でも、入院費を多少なりとも補助したいな、と云う心情なのだが、いかんせん彼らの言動や態度が胡散臭すぎて、ちっとも お金を渡す気分には なれないでいた。


なにせ、お願いのていを取りつつも、その実態は単なる恫喝以外の何物でもないのだから……


「小鳥遊クン。どうするのじゃ?」

隣ではエンリが、「やるのか? やってよいのか?」と、期待を込めた眼差しで見つめてくる。

小鳥遊クンは、そんなエンリに対し、かぶりを振って牽制すると、意を決して口を開いた。


「すいません。ご遠慮させてください」

「あんだとぉ、コラ!」

「ふざけんじゃねぇぞ!」


小鳥遊クンの発した言葉を皮切りに、思い思いにたむろしていた暴走族が、ワラワラと集まって来る。

そして、あっという間に周囲を囲まれてしまった。


「もう一度聞くけどよぉ。ちょっとで良いからよぉ。カンパしてくれねーかよぉ」

外から見えない様に周囲を囲んだ後、リーダー格の青年は、おもむろにバタフライナイフを取り出すと、それを目の前でカチャカチャと弄びながら、小鳥遊クンに訊ねた。


「できかねます」

そんな青年に対し、小鳥遊クンは内心ビビりながらも、キッパリと拒絶の意を伝える。

そんな小鳥遊クンの態度に、青年は苛立ちを募らせる。


青年から見て、小鳥遊クンは<お金を出す>タイプの人間だった。

妙に人の善さそうな顔立ちに、物腰も弱々しく、暴力に慣れていない、育ちの良さそうな風体。

所謂、カモと呼ばれる人種と一目見て判断し、Goサインを出した。

しかし蓋を開けて見れば、思うような反応を引き出せない。面白くない。


「いきがってんじゃねぇ」

怒声と共にバシンっと音が響く。

青年は小鳥遊クンの太ももを蹴り上げて、胸倉を掴み上げた。


同時に「くそっ」と、内心で毒づく。

小鳥遊クンに思わず手を出した事が、下策である事を理解していたからだ。

だが、今更引き返す事は出来なかった。


リーダー格の青年には、どうしても早急に金を用意しなくてはならない事情があった。

それと云うのも、ケツ持ちしてもらっている暴力団への上納金を懐に入れたまま、グループのかしらが事故を起こし、そのまま警察病院へ担ぎ込まれてしまったからだ。


面会謝絶で肝心の金は回収不能。その上、上納金の支払い期日は、近々に迫ってきている。

だが、本職のヤーさん相手に「払えません」では済まない。

そして、かしらを始め、幹部不在の今、「暴力団に、誰が上納金を納めるか?」は、今後の組織内での権力掌握の鍵となっていた。


他人より早く、他人より多く。

何とかまとまった金を手に入れ、いち早く暴力団の後ろ盾を得る事が、青年が組織を掌握する為に必要な事だった。


勿論、青年には勝算があった。

暴走族の資金集めに関して、彼の成績は いつもトップだったのだ。

その荒稼ぎした豊富な資金を ばら撒いて、今のグループを形成した。


今回も実績ある その手法で事に及んだ。

失敗する要素など何1つない。そんな彼の必勝パターンが、今回に限って初手で崩れたのだ。


【ほう、それは どの様な方法なのじゃ?】

青年の脳内に幼女の声が響く。


やり方は単純だ。

まずは、場の空気を可能な限り不穏なモノにする。

ガラの悪い連中をたむろさせ、周囲に恐怖を振りまくのだ。

次に、場に入り込んできたカモを、部下を使って威圧させる。

カモが委縮した頃合いを見計らって自分が登場し、丁寧に募金を お願いする。

そこで金を出すなら、それで良し。

出さないなら、人垣作って周囲の目から隠し、獲物ナイフかざして脅す。


【なんじゃ。直接、手は出さぬのじゃな】

当然だ。

そんな事をすれば、公権力の介入を許してしまう。

やるとしても、目に見える傷を残さない事が鉄則だ。

暴力は手段であって目的ではない。

使わない事こそベストなのだ。


『もっとも周りは、それを判っていない馬鹿な連中ばかりだがな』

青年は苦笑する。


目の前のおっさんも、さっさと金を出すか、「今は手持ちがない」とか、適当な言い訳でもしてくれていれば、「なら後で取りに行くから」と連絡先を聞き出して、直ぐに開放してやれたのだ。

しかし、こうもキッパリ拒絶されると手の出しようがない。

やはり学生相手とは、勝手が違うと云う事なのだろうか?

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