第8話 暴走族に注意しよう 2

「おい! ちょっと待てや! ゴルァ!」

怒声と共に、地面に金属バットを叩き付ける音が、周囲に鳴り響く。


小鳥遊クン達がスーパーの自動ドアを一歩出ると、そこには何故だか世紀末な光景が広がっていた。


慌てて振り返ると、外へ出るに出られない買い物客が、スーパーの入り口付近で心配そうに こちらを眺めている。

「そう云えば、外の暴走族を怖がって、誰も出ようとしていなかったなぁ……」と、今さらながらに店内の様子を思い出す小鳥遊クン。


「おっさん、何シカトこいて通り過ぎようとしてんだぁ? あぁん!」


いつの間にか、スーパー前の駐車所は、所狭しと並べられた奇抜なバイクの群れで占拠されていた。

数刻前の平和な光景は見る影も無い。


目の前にたむろするのは、奇抜な風体の集団。

彼らは、ファッションを追求しすぎて実用性を失ったパリコレの様な特攻服に身を包み、カラフルかつファンキーな頭髪で、しきりに辺りを威嚇している。


「だぁかぁらぁ、シカトこいてんじゃねぇよ!カスが!」

『なんてこった……』


小鳥遊クンの心が絶望に染まる。

その血の気の引いた様相に、喜悦と優越感を滲ませる暴走族達。

彼らは、圧倒的強者の位置から、じわじわと弱者を嬲る快感に期待を膨らませつつ、しがない中高年と幼女を取り囲んだ。


『どうにかしないと……』

そんな怖いお兄さんを前に、小鳥遊クンは一心不乱に考える。


『どうにか、どうにかして、彼らを<<無事に>>帰さないと!』

小鳥遊クンは必死になって<<彼らを無事に助ける方法>>を模索していた。


「経験値……」

ぼそりとエンリが呟く。


『まずい、まずい、まずい……』

自分の不注意で、不用心に陥ってしまった状況を打破する為、小鳥遊クンは周囲の状況を確認する。


エンリがここにいる以上、このスーパーの周囲には、各省庁が派遣した大勢の監視者が潜んでいるはずだ。


『彼らに助けを求めるか? ……いや、駄目だ』


最近の監視者のスタンスは、基本的に「監視すれども、護衛せず」であり、こう云う事態では、むしろ喜々として観測装置を構え、エンリが力を使うのを待っていたりする。


<<エンリの力が一般社会に知られるのはマズイ>>


それは、各省庁に共通する認識ではあるのだが、彼女の力は無駄に非常識過ぎて、目の前で直に見せられても、誰もエンリがやったなどとは思わない。


夜間であれば、わずかな魔法陣の光跡を肉眼で確認する事も可能なのだが、明るい昼日中であれば、バレる要素は皆無だ。


突風が吹こうが、火の玉が爆発しようが、雷が落ちようが、すべては<<極めて稀な自然現象>>で片がついてしまう。


正直、隠蔽工作など考えなくて良い。

それが分ってからは、監視者の危機感は、どんどんと薄れていった。


目下、彼らの関心事は「被害の規模が許容範囲に収まるか どうか?」と、「善良な一般人が巻き込まれないか どうか?」の2つに尽きる。


そして今回、その力が行使されるであろう対象は、社会的評価の低い暴走族。

無辜の一般市民と違い、わざわざ助ける価値を、彼らが見出すとは到底思えなかった。

むしろ貴重な被害者サンプルとして、今頃 狂気乱舞している事だろう。


『エンリを説得 ……いや、無理だ』


エンリにしても、目の前の不良集団を無力化するのに、躊躇いを覚える事は無いだろう。

「敵は滅殺。殺られる前に殺れ」が信条のエンリの事だ。

加減を知らない彼女の手にかかれば、間違いなく殲滅戦へと発展してしまう。


暴走族がエンリに敵認定される前に、エンリを ここから引き離さなければ、後には凄惨な未来しか待っていない。


『あれ?詰んでない?』

一触即発の火薬庫で、火種エンリ抱えて脱出しろとは、神も酷な試練を課すものだ。


「のう、小鳥遊クン。シカトとはなんじゃ?」

小鳥遊クンが必死に事態の打開策を模索している最中にも関わらず、そこに空気を読まない事では定評のあるエンリ火種が、周囲の威圧をモノともせずに訪ねてきた。


「うわぁ……」と小鳥遊クンは、軽くドン引きながらエンリに目を向ける。

公衆浴場でヤーさんの刺青を指差して、「あれ何?」って尋ねてくる娘を持った気分だ。

頼むから、今は大人しくしていて欲しい。


とは云え……


「えっとね。花札ってカードゲームの<<十月の絵札>>が<<鹿>>だから鹿十しかとう。それを縮めてシカトって云う様になったの……」


エンリの疑問を無視して、この場で「教えて、教えて」と連呼される方が、始末が悪い。

そう判断した小鳥遊クンは、腫物を扱う慎重さを以って、エンリの疑問に応対する。


勿論、横目で不良のお兄ちゃんの様子を伺う事も忘れない。


「その花札に描かれた鹿の絵は、何が気に食わないのか、プイって そっぽ向いているの。その姿からシカトは、とぼけるとか、無視するとかって意味で使われるんだよ」

「ほう、なかなか知的な表現じゃな」


業界用語ってのは、一周回ると、何故だが知的っぽくなるのは、任侠にしろ、オタクにしろ、同じかも知れない。

かの『萌え』すら、もともとは何かのアニメのキャラクター名から来ているって説があるくらいだ。


アニメのキャラ名から一文字とって萌え。

そのキャラに対して沸き上がる、可愛いとか、愛らしいとか云った感情を総称して萌えと呼ぶ。

うん、知的表現だ。……いや、知的か?


「わかってんじゃねーか、このガキ。俺らはインテリなんだぜぇ」

小鳥遊クンの内心のつっこみを他所よそに、子供に知的と云われて、まんざらでもない様子の暴走族の お兄さん。ちょろい


そんな彼らを横目に、「お前らは絶対、語源とか知らないで使ってただろうが!」とは思いつつも、良い感じで暴走族の ご機嫌をとれた事に、小鳥遊クンは安堵する。


このまま何とか穏便に撤収できれば……

そんな淡い期待を抱きながら、小鳥遊クンは、じりじりと表通りの方向へと後退を開始した。

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