第6話 批判を躱そう 3
「おっ、お呼びでしょうか?」
緊張した面持ちで、
待ち受けるのは、やはり叱責か、はたまた罵倒か……
「よくやったね。小鳥遊クン」
「へ?」
事務次官様から思いがけず お褒めの お言葉を賜り、小鳥遊クンはポカンとした顔をする。
「君にエンリちゃんを預けるまで、彼女が周囲に配慮して力を行使する事など、これまで一度も無かった。それに対し、今回の被害は、規模こそ大きいものの、その範囲は極めて限定的に留まっている。これは素晴らしい進歩と云えよう」
「はぁ……」
事務次官の言葉に小鳥遊クンは戸惑いの返事を返す。
小鳥遊クンは、養女となる前のエンリの行いを詳しくは知らない。
ただ今回の件を含めて、エンリが引き起こした被害は甚大なものばかりだ。
金銭的には億を軽く超す被害が出ている。
しかし それですら、極めて限定的の範囲の損害と云えるのであれば、小鳥遊クンに出会う以前のエンリは、いったい どれほどのモノだったのだろうか?
「今回の件。もし仮に、風速35メートルの暴風が、減速もせずに道路の周辺に吹き荒れていれば、近隣住宅の窓ガラスは
恐ろしい仮説をサラッと云われて、小鳥遊クンの顔から血の気が失せる。
そんな小鳥遊クンを一瞥し、「それだけじゃないよ~」と、事務次官は続けた。
「突風が道路脇の電柱をなぎ倒し、電気と通信網を遮断していれば、さらに被害は数倍に膨れ上がっていた。そして、それだけの事がやれる力をエンリちゃんは持っている」
現実に起こり得た事だと云うのに、まったく実感の湧かない話に、小鳥遊クンは上手く反応できないでいた。
それは、小鳥遊クンが「エンリを良く知るから」そうなのか、逆に「エンリを良く知らないから」そうなのか……
「良いかい? 風速35メートル以上の暴風とは、事実それだけの事が出来る力を有しているのだよ。でも実際には、暴風は道路上以外では吹き荒れていない。論より証拠。被害報告にも、周辺住宅の窓ガラスや建物は、一切 含まれていなかっただろう?」
事務次官の指摘を受けて、小鳥遊クンは慌てて被害報告を見直す。
確かに壊滅的な道路上とは異なり、その周辺への被害報告は皆無であった。
「君との生活で、エンリちゃんは確実に日本社会に適応する人格に育ちつつある。だから、これからも頑張りたまえ」
茫然とする小鳥遊クンを尻目に、事務次官は、最後にそう締めくくった。
失敗を褒められている様な奇妙な感覚に、むず痒さを感じつつ、小鳥遊クンは曖昧な笑みを浮かべる。
「それに今回の件。大蔵省は御冠だけど、建設省なんて内心ウハウハだよ? 復旧名目で予算が転がり込むからね。人的被害に関しても、善良な一般市民が傷ついた訳でもなく、傍迷惑な暴走族が一掃されて、地域住民も感謝、感謝。気象庁と科学技術庁の長官なんて、「貴重な観測情報をありがとうございます」って、泣いて喜んでたくらいだよ」
「トータルで見ればプラスじゃん」とは、厚生省事務次官様の
小鳥遊クンとしては、「それはどうか?」と思うのだが、ひとまず精神衛生的にスルーする事にした。
「それはそうと、この状況は どうなるのでしょうか?」
小鳥遊クン達が、ちょっと意識を離した隙に、会議室の中は、さらに混沌を深めていた。
事務次官と話している最中も、周囲の騒音が段々と大きくなっていくのを感じていたのだが、今は罵声と怒声に支配されるまでになっている。
今にも殴り合いが勃発しそうな雰囲気の中、まったく収拾が付かない状況に、小鳥遊クンは眉を
あっ! 物を投げ始めた……
「貴様の所に、あの化け物を調教できる人材がいるとは思えんがな!」
「ふん、あれだけ機密費を使って観測機器を揃えたくせに、未だに解析の糸口も掴めていない無能者の集団が何を偉そうに!」
「虎の子のレンジャー部隊を再投入してみるか? 全員PTSDを発症して使い物にならないって話だがな」
そんな中、「ちょっとおかしくないか?」と、小鳥遊クンは会議の状況を
如何に白熱しているとは云え、あまりにも出席者が本音をさらけ出し過ぎている事に疑問を持ったのだ。
曲がりなりにもエリートと呼ばれる人材ばかりが集まった この場で、本音も建て前もなく、ここまで幼稚な議論が展開されるのは、何が何でも異常だった。
「なかなか面白い事になっておるのう」
「エンリ!?」
突如、何もない空間から、霧が晴れる様に人影が浮かび上がる。
それは小鳥遊クンの養女にして、今回の話題の中心人物たる、エンリその人。
彼女を見た瞬間、小鳥遊クンの頭の中で、線が一本に繋がった。
「エンリ。何かしでかしたでしょ?」
小鳥遊クンは、冷めたジト目でエンリを見下ろしつつ、そう尋ねた。
「ひどいっ! 小鳥遊クンは、何でもかんでもエンリを犯人だと決めつけるのじゃな」
エンリは なよなよと その場に崩れ落ちると、恨めしそうな眼差しで、小鳥遊クンを見つめ返す。
しかし小鳥遊クンは、そんな彼女に憐憫の情など一切見せず、ちょっと怒った顔で、エンリの額にデコピン一発をお見舞いした。
「ほら、ちゃっちゃと白状する!」
「う~いけずぅ……」
「あぅ」と、額を抑えて涙目になりつつ、エンリはしぶしぶと状況を説明する。
「こいつらの本音を知る為に、ここにいる者ども全員の、精神の
「ちょ、エンリ……」
本来であれば、魔法で他人の精神に介入するなど、きつく怒らねばならない所だが、エンリの事を化け物呼ばわりする連中に対し、小鳥遊クンも内心少なからず憤慨していた
そんな小鳥遊クンの態度に、免罪符を得たとばかりに安堵すると、会議の出席者へと目を向け、「醜い。醜いのぅ」と、嬉しそうに微笑むエンリ。
そんな彼女の無邪気な姿に、小鳥遊クンは心底呆れ果てる。
「じゃあ、後の事は僕に任せて、君たちは帰って良いよ」
そうこうしていると、二人の後ろから呑気な声が掛かった。
振り返ると、相も変わらずニコニコとした相貌の厚生省事務次官様が、廊下へと繋がるドアの前で二人に退室を促していた。
「そちと小鳥遊クンは、ほんに変わらんのぅ」
エンリは、心底 嬉しそうに言葉を紡ぐ。
それは魔法によって精神の箍が外れ易くなった この異常空間で、それでも普段と変わらない、二人の心の在り様に対する、掛け値ない賛辞の言葉だった。
「小鳥遊クンと違って、僕はエンリちゃんに対して、どこまでも無関心だからねぇ」
そんなエンリに、事務次官は淡々と答える。
「ふん! ならば、続けて世話になってやろうかのぅ」
踏ん反り返るエンリに対し、「光栄の極みでございます」と大仰にポーズをとる事務次官。
そんな彼に一瞥をくれると、「今なら、奴らから言質を採り放題じゃ、好きに致せ」と云い放ち、エンリは小鳥遊クンを連れて、テトテトと部屋を後にした。
「さて、お仕事しますか……」
二人を見送った厚生省事務次官様は、目の前の扉の閉まるのを確認すると、くるりと振り返り、不毛な議論を続ける参加者に冷めた視線を向けて、そう呟くのだった。
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