第5話 批判を躱そう 2
「馬鹿を云わないでください。下手に彼女に手を出して、それこそ国外に逃亡でもされたら、誰が、どう責任を取るのです? 同盟国に亡命ならまだしも、テロ支援国家やテロ組織と合流されれば、目も当てられない」
検察庁の強弁に堪りかねた外務省事務次官が、「いい加減にしろ!」と怒鳴り返した。
「それに、超法規的な存在である彼女の存在は、我々にとっても貴重だ。違法操業の外国漁船、売国行為を繰り返す市民団体。我々が正規のルートでは手を出せない不穏分子でも、彼女なら法の外から、それらを処理できる」
続いて国家公安委員会も、外務省の意見に追随する。
彼らは、現実主義的観点から、エンリを遠巻きに放置、ないしは、上手く利用する事だけを考えていた。
そしてこれが、現在の主流たる行政府の意見でも あるのだ。
エンリを退けるにしろ、取り込むにしろ、その手段は穏健なモノから過激なモノまで、多種多様。各省庁とも、過去幾多、何とかエンリを自身の制御下に置こうと暗躍し、その都度、手痛い しっぺ返しを喰らってきた苦い過去を経験する。
そして、少なくとも国家と云う権力機関が、単なる一個人に手出しを控えなくてはならなくなる程度には、人的・物的・金銭的な損失が、エンリを巡って発生していた。
そんな中、唯一エンリを囲い込む事に成功したのが、派閥的には完全中立を表明する厚生省。
すなわち、
「しかし困るよ、小鳥遊クン」
「はっ、はい!」
事態はここに来て、ようやく生贄の羊へと矛先を向ける。
「君にはエンリ君の情操教育を任せていたと思うのだがね?」
情操教育。
それは、道徳的な意識や価値観を養うことを目的とした教育の総称である。
小鳥遊クンはエンリの養父として、彼女に現代社会に適応する道徳観や価値観を教える義務を負っていた。
いや、押し付けられていた。
歩く核弾頭に良心回路を設置すると云う、非常に損な役回りの小鳥遊クンに掛かる期待と羨望は、本人が思っている以上に大きい。
当事者にとっては、それは単なる貧乏くじ以外の何物でもないのだが、無責任な第三者視点から見れば、そのポジションは垂涎の的でもあった。
何せ、エンリの力を間近で観察可能なポジションである。
上手くすれば、エンリの思想を誘導し、そのまま己の意のままに動かせる可能性を秘めたポジションでもある。
水面下では、誰もが小鳥遊クンのポジションを望み、狙っていた。
エンリを囲い込むシステムを作り上げた厚生省に感謝しつつも、実権の簒奪を画策していた。
ゆえに、今回の失態を
「やはり厚生省の職員では、荷が重すぎたのではないかな?」
「そうだ、うちには その手のエキスパートが揃っている。良ければ、こちらから何名か専門家を派遣しましょう」
監視員を送り込める この機会を逃すまいと、文部省が下心丸出しで、小鳥遊クンの更迭を声高に主張し始める。
「待ってください。更生や指導と云うなら、警察庁にも現場で培った技術があります。やはり、ここは……」
「いや、それよりも、中立と云う観点から宮内庁なら……」
「いやいや、それなら……」
文部省の露骨な勢いに触発され、他勢力も堰を切った様に小鳥遊クンの後釜争いに参戦を始める。
「駄目だ。まったく収拾がつかない。ど~すんのコレ……」
仮にもエリートと呼ばれる高級官僚達の、幼稚な罵り合いを横目に、小鳥遊クンは途方に暮れた。
正直、ここまで酷い会議は見た事ない。
「やっほ~、
そんな中、周囲の喧騒から外れ、我関せずと一人佇む厚生省事務次官様が、所在なさ気に突っ立っている小鳥遊クンに向かって、「おいで、おいで」と、笑顔で手招きをし始めた。
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