魚人女-3

 〈蒼き底〉と名乗るこの魚人は、己の蛮行を魔女に嗜められ、渋々といった様子で話し始めた。

 聞けば、何でも、人間の男性に恋をしたという。

 は生活の殆どを昏い海の中、魚人達の海底都市で過ごしており、殆ど地上に出たことがない。

 だがある日、その都市の権力者の許可を得て、海面へと上がり、地上の世界を観光に向かった。そこで、海上から遠目に見えた、その男性に見惚れたというのだ。


『ソノ男ハ、人間ノ王家ノ者ダ。ダガ、地位ハ低ク、婚姻ニモアリツケテイナイ。アブレ者ダ。ダカラ、狙ウコトニシタ』


 〈蒼き底〉は、興奮気味にエラを脈動させて、己の欲望を語る。


「よく調べていますね。それならば、直接攫ってしまわないのですか?」


 魔女は、魚人に聞き返す。

 魚人――魔女のような者の間では深きものディープワンと呼ばれるこの種族は、他種族に対しては排他的かつ攻撃的で、その上で異種との交配を好むという、忌まわしい風習がある。

 標的に対する下調べも済んでいるのなら、力尽くで従わせ、無理矢理にでもさせることなど、訳もないことだ――先程、魔女に対して試みたように。


『イヤ、ワタシノ外見ハ、人間ニトッテ、醜悪ナノダロウ。ワタシハ、奴ヲ美貌デ惚レサセ、愛シ合ッテ暮ラシタイノダ。魔女ナラバ、ソレガ出来ルノダロウ?』

「成程……つまり貴方は、人間になりたいのですか?」

『見タ目ダケダ。ワタシハ、ワタシ』

「ふむ。分かりました……それならば、可能ですよ」

『本当カ?』

「ええ、嘘は吐きません。貴方の望みを叶える薬を、調合いたしましょう」


 食い入るように魔女を見つめる魚人に、魔女は苦笑気味に返す。


「ですが、対価は頂きますよ」

『何ダ? 金カ? 呪文カ?』

「それでも構いません。要は、私にとって価値あるものならば、何でもよいのです。そして、優れた魔術師にとっては、森羅万象、あらゆるものに価値が生まれる。特に、貴方のような存在から受け取る対価には」

『叶ウナラバ、何デモクレテヤル。叶ワナイナラ、奪イ返スダケダ』

「その自信は、時に命取りになりますよ。……さて、薬を作る前に、ひとつお尋ねします、〈蒼き底〉さん」

『マダ何カアルノカ? 早クシロ――』


 魔女は、急く魚人の頬を両手で押さえると、ゆっくりと魚人の顔を動かして、ぎょろつく瞳にたっぷりと自らの顔を拝めさせる。


『何ヲスル』

「私の顔を、どう思いますか?」

『アア? ソンナノ、決マッテル……醜イ。見ルニ耐エナイ』


 魚人は、堪えきれないという風に、魔女の両手を払うと、不機嫌そうに息を荒げる。その様子を見て、魔女は含みのある笑みを浮かべた。


「そうですか。では、貴方にとっては、少々苦痛になるかもしれません。それでも宜しいですか?」

『問題ナイ。水面ヲ見ナケレバナ済ム話ダ』

「ふふ、承知しました。では、明日また、この家まで来てください。くれぐれも気をつけてくださいね、この辺りは危険ですから」

『フン……』


 鼻を鳴らすような仕草をすると、魚人のメス、〈蒼き底〉は、魔女の家を後にする。じゃぼんと、水に飛び込む音が響いた。

 

「暫くの間、磯臭くなりそうですね」


 魔女は客人を見送ると、億劫そうに吐き捨て、棚から新たな香水を取り出した。

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