灰を被る-11
かくして、そのお屋敷を巡る騒動は、次女の失踪という顛末を迎えた。
長女を蝕んでいた謎の病気――呪い――は跡形もなく消え失せ、今は何事もなかったかのように気丈に振舞っている。
人々は、やはり次女が魔女に呪詛を依頼した犯人で、その代償として、魔女に食べられてしまったのではないか――などと、好き勝手に囃し立てている。
高飛車で悪名高い長女に比べれば次女の評判は悪くなかったが、しかし結局は金持ちの娘、他人の不幸は蜜の味ということで、街の人々は歓迎ムードでその噂話を受け入れた。
そうして、確たる根拠は何一つないまま、しかし確かに、
* * *
鬱蒼たる森の奥底、人里離れた秘境の地に、魔女の住む小屋があった。
小さな暖炉の灯が、中で暮らす二人の姿を照らし出す。
「魔女様、整頓終わりましたよ!」
魔導書の山を机に置き、ブロンドの髪の少女、ルクレツィアが声を掛ける。
「ええ、ありがとうルクレツィア」
真っ黒な液体に何かの薬品らしきものを垂らしながら、黒装の魔女、ロザリアが答える。
手持ち無沙汰になったルクレツィアは、その様子を訝しげに眺める。
「それは?」
「不老不死の薬です」
「えーっ、凄いじゃないですか。魔女様は、それも使っているんですか?」
「いえ、これは〈森の黒山羊〉に関わるものでして。いずれ、かれらの眷属へと変じてしまうので、私は好みません。」
「そうなんですか。一口に寿命を延ばすといっても、色々あるんだなあ……なら、どうして作ってるんですか?」
「色々と使い道があるのですよ。こうした薬品は、求める者も多いのです」
事も無げに淡々と調合を進めるロザリアの姿に感心を覚えながら、ルクレツィアは木の椅子に腰掛けて休息を取る。
その魔女に攫われてから、少女は様々なことを知った。魔術のこと、神話生物のこと、そしてこの世界を真に支配する、悍ましく冒涜的な神々のこと……。天地がひっくり返るような真実を受けて、多大に動揺した少女であったが、今は何とか呑み込めている。彼女にとっては、この世界の一番上に在るのが“創造主”でも何でもなく、冷酷かつ純然たる悪意だという方が、どこか腑に落ちるものがあった。
今はこうして魔女の側に仕えながら、色々な雑用を続けている。その殆どが洗濯だとか炊事だとか、そういう生活に関わることばかりで、いかにも魔女らしい魔術の手伝いなどは、殆ど触らせてもらっていない。少女にとっては興味のある事柄なのだが、ロザリアは危険だと言って、すぐに遠ざける。けれど少女は、自分が大切にされていると分かって嬉しかった。
(ロザリア様はやっぱり、優しい方なんだな)
ぽつりと、ルクレツィアはそんなことを考える。魔女と共に過ごす中で、少女の見る魔女の人柄は、存外柔らかく温かみのあるものだった。殆どの時間を自然の中で過ごし、草花を愛で、勉学や魔術の研究に励む、そんな穏和で聡明な人物に見えた。
無論、邪神に祈りを捧げ、呪術を以て人の寿命を奪い取り生き永らえるような魔女であるのだから、清廉潔白では断じてない。けれど、心の内に邪悪を宿すのは自分だって同じであり、その観点でいえば、この魔女は悪意の振るい方を弁えているのだなと、少女は感じていた。
「魔女様」
天井をゆらゆらと照らす暖炉の光をぼうっと眺めていたルクレツィアは、ふと口を開く。ロザリアは手を止めると、ルクレツィアに視線を向ける。
「私は、魔女様のお役に立っていますか?」
その言葉を聞いたロザリアはゆったりと微笑むと、薬品を片付け、ベッドに腰掛けてルクレツィアを呼び寄せる。招かれるまま不用意に近づいたルクレツィアは、そのまま魔女の膝の上へと抱えられ、しっかりと拘束される。
「ええ、とても役に立っていますよ。私の可愛らしい
そう囁きながら手をルクレツィアの頭へと伸ばすと、髪をわしゃわしゃと撫で回す。ルクレツィアは、恥辱を感じながらも、されるがままに受け入れていた。こういう風にされると、無性に胸が高鳴ってしまう。成程、私がナーシャ義姉様に求めていたのは、正しい支配でもあったのだなというのは、魔女のしもべになってから気付いた性癖であった。
勿論、ずっと後悔は燻ぶっている。家族には申し訳ないことをしてしまったものだと、自責の念に苛まれることもある。けれどそれでも、
故に少女は、悪徳の煉獄に身を投げることにした。このすてきな
「ロザリア様。私、生涯を掛けて、貴方に仕えます。あの日私を救ってくださった恩を、この身で返したく思います。ですから、何でもおっしゃってください!」
心からの笑顔を浮かべて、頭上の魔女を見上げる。だがロザリアは、そんな乙女の告白を聞いても平然とした様子で、少女の頭を猫でも愛でるかのように優しく撫で回す。
「では、炉の調子でも見ておいて下さい。お願いしますね」
「えーっ。魔女様、そうやってまた雑用ばっかり!」
ルクレツィアはぶつぶつと文句を言いながらも、ロザリアの側を離れると、暖炉に薪をくべる。暫くそうやって火の様子を見守っていたが、やがて眠気に襲われると、灰がらの山に腰を落ち着け、瞳を閉じる。
(
祈りを捧げながら、ゆっくりと意識を沈める。
[完]
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