灰を被る-4

 その晩、義姉あねは夢を見た。

 気が付けば、何処とも知れない小屋の中で、椅子に腰掛けている。

 意識が覚束ない。部屋には暖炉が備え付けられていて、明々と薪が燃えているが、その色も熱もどこか遠くにぼやけ、輪郭が合わない。

 

「もし、もし」


 ふと、誰かに呼びかけられていることに気付いた。首を振って確かめようとするが、妙に頭が重い。苦労して首を傾けると、すぐ側に、黒い布を纏った、若々しい女が立っている。

 おまえは誰だ、と口にしようとして、うまく声が出せない。

 ぱくぱくと唇だけを動かしていると、眼前の女はくすりと笑って、握手を求めるように、透き通るような白い腕を差し出す。その美しさに少々嫉妬を覚えながら、義姉あねもまた腕を差し出す。

 視界に、ぐずぐずに皮の垂れた泥色の腕が入った。

 が自分の腕だと認識するまでに、大層時間が掛かり……しばらくした後、「えっ」と、しゃがれた声が口から零れる。

 思わず顔を上げる。何時の間にか、女は良く磨かれた等身大の金属板を抱えており、義姉あねは、その鏡面に映る人間と眼が合う。

 ――そこには、幾重にも皺の刻まれた、よぼよぼの老婆が映っていた。


 「きゃああああぁぁぁぁぁっ!!!」


 金切り声を上げながら、義姉あねはベッドから跳ね起きる。

 「誰か、誰か!」――ただならぬ様子に、騒ぎを聞きつけた使用人が集まると、彼らの持つ手燭の灯りで、自らの両腕を確かめる。そこには、橙色に照らされた、細く若々しい一対の腕がある。

 義姉あねは安堵の息を吐くと、急に恥ずかしくなって、慌てて使用人を寝室から閉め出す。

 ああ何だ、ただの夢ではないか。年頃にもなって悪夢に魘されるとは、何てはしたないんだ、と自分自身を責め立てながら、けれどそんな憤りも睡魔に呑まれて、布団の中で意識を落としていく。

 けれど義姉あねは、その腕の皺がひとつ増えていたということに、やはり気が付くことはなかった。



* * *



 義姉あねに異変が起き始めたのは、その頃からだ。

 最初は、挙動が少々不審である、というだけのことだった。例えば、しきりに肌の調子を気にするとか、時折ヒステリー気味になるとか、まあ、虫の居所が悪い時期なのだろう、と周囲も納得していた。

 だが、その状態は治まるどころか日に日に悪化していき、人を避け、外出を拒み、食事が細くなった。そして、その影響は心だけでなく、体にまで表れ始めた。茶色の髪は艶を失い、肌は痩せこけ、顔にはシミが増えた。だが、それを他人に見取られると、義姉あねは一層狂ったように錯乱して、終ぞ、殆どの時間を自室に引篭もるようになった。

 娘の急激な変わりように、両親は信頼のおける医者を呼んだ。しかし、医者でさえも、原因は分からないといった。それどころか、こう告げたのだ――「娘さんは、としか思えない」、と。

 義姉あねは未知の病気に罹った、ということにされ、屋敷内にも緘口令が布かれた。だが、人の口に戸は立てられぬ。街の誰もが噂した。

 これは、魔女の呪いだと。あの屋敷の長女は、呪いによって殺されるのだと。

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