第28話 母の想い

 -美優-

 結局お祓いは失敗に終わり、私は家に送ってもらう事になった。


「本当ごめんね。結局あんまり力になれなかったね」

 夜中に呼び出し、お祓いは中途半端に失敗して、結局健太君を振り回して終わったようで申し訳ない気持ちになっていた。


「いやいや、十分力になってくれてるから。だいたいその、・・・そ、傍にいてくれるだけでも・・・十分助かってるから」

 健太君は恥ずかしそうにボソボソと、でも確実にそう言ってくれた。


「えっ?なんか最後になるにつれ声が小さくなってよく聞こえないんですけど?」

 わざと意地悪そうに笑いながら聞き返す。


「えっ、もう1回言わなあかん?」

 健太君は困ったように笑っている。


「じゃあ次にゆっくり聞かせてもらうとして、本当に今日はどうするの?」


「ノブの所とも思ったけどさすがにこの時間にいきなり行くのも気が引けるし、ネットカフェにでもとりあえず行こうかと思ってる」


「そっか。じゃあ何処に行くか決まったらまたLINEしてね」


「了解。・・・美優ちゃん。今日は色々ありがとうね。じゃあ」

 そう言って健太君は行ってしまった。

 結局私の方が気を使ってもらってるような気がする。


「ただいま」

 小声で呟きゆっくりと家に入る。


「あら、ちゃんと帰って来たんだ」

 お母さんにすぐに呼び止められた。


「そりゃ帰ってくるよ。ってかお母さんまた飲んでるの?」

 ダイニングテーブルの上には既に空になってるであろう缶ビールが3本並んでいた。


「だってお父さんは出張だしあんたは誰かの所に出掛けちゃうし、飲むしかないでしょ」

 そう言って持っていた缶ビールをフリフリしている。


「いや誰かの所って・・・」

 思わず言葉に詰まる。『朱美の所だから』って言えばそれで済むのに嘘をつく事になるのがはばかられる。


「あらあら、あんたわかり易いね」

 お母さんはそう言って笑っている。


「ごめんなさい。彼氏に会いに行ってました」

 素直に謝る。


「あらなんと馬鹿正直ねぇ。せっかく美人に産んであげたのに、あんたそんなんじゃ色んな男の人と遊びに行けないよ?」


「私はそんな事しません!馬鹿じゃないの本当に」

 私は呆れ気味に言った。


「まぁあんたもそこ座ってたまには一緒に飲もうよ」

 そう言ってお母さんは冷蔵庫の方に歩いて行く。


「私一応高校生で受験生なんですけど?」


「こんな時間まで彼氏と遊んでて都合よくこんな時だけ受験生って言っても通じません」


 くっ、返す言葉が見つからない。

 ただ完全に勝ち誇った顔をしている母親に負けるのはしゃくだった。


「はい。とりあえず乾杯しましょ」

 そう言ってお母さんは缶ビールを2本持ってきた。


「ちょっと本当に飲ますの?せめてチューハイが良かったんだけど」

 本当はこんな事してる場合じゃないのに完全にお母さんのペースに巻き込まれてる。


「1杯目はビールでいいじゃない?それともお子ちゃまにはまだ早いかな?」

 ニヤニヤしながら意地悪そうに笑ってる。


『ここでムキになったらますますこの人のペースに巻き込まれる。我慢、我慢』


 促されるがままとりあえず乾杯をする。

 今までもこうしてたまに一緒に飲むのに付き合わされた事はあった。

 ただ高校生の娘と一緒に酒盛りをするこの人は保護者としてどうなんだろう?

 まあ私はそんなお母さんが大好きだし、この緩さが有り難いとも思っているけど。


「それで、あんた最近楽しそうね。青春楽しんでるのかな?」

 お母さんはニヤニヤしている。


「ええ、勿論楽しんでるよ。良い人だし、一緒にいて楽しいし」

 もうこれ以上誤魔化したりしたら、余計にいやらしく攻めて来そうだったので私は開き直って認めた。


「あら以外と素直に認めるのね。いいわねぇ、若いって」


「私はいつも素直です。たださぁ、その彼氏の事で今結構悩んでて・・・」

 お酒と緩い雰囲気のせいか、それとも私の中でも追い込まれてたのか、思わず口に出してしまう。


「どうしたの?珍しい。女の影でもチラつくの?」

 お母さんは片肘つきながら少しニヤついている。


「もう、そんなんじゃないわよ!霊の方!女の霊が憑いてるのよ!」

 思わず苛つき、口調がキツくなる。


「あらあら、そんな怒んないでよ。だからおばあちゃんの所に行ってたんだ?」

 お母さんはそれでも冷静に笑っている。


「まぁそういう事。でも今の所上手く行ってないの」

 私は少し感情的になって目に薄らと涙を浮かべていた。


「とりあえず今どんな状況か教えてよ。伊達に美優の倍程生きてないわよ」

 お母さんは優しく微笑んでいる。


 私は今までの経緯を話しだした。


「なるほどねぇ。正直私は見えないからさ、聞くぐらいしか出来ないけどね。それでその『健太君』はネットカフェに行ってるんだ?」


「うん、そう。結局何も出来てない」


「ふーん。まぁ女の子が1人で出来る事なんてたかが知れてるわよ。それでも美優が今出来る事、あるかもしれないけどね」


「えっ!?何?御守りも渡したし、お祓いもしてみたよ。あとは・・・結界張るとか?」


「あはは、そういうのもありかもしれないけどお母さんそういうのはわかんないからさ。・・・一緒にいてあげなよ。その方が美優も安心出来るんじゃないの?」

 お母さんは落ち着いた口調で私を見て微笑んでいる。


 私はお母さんが言ってる事が一瞬理解出来なくて少し呆気あっけにとられていた。


「ほら早く連絡しなくていいの?少なくともネットカフェなんかで一晩明かすぐらいならウチに呼んであげた方が快適だと思うけど」


「お母さんありがとう。ちょっと健太君に連絡するね」


 私は急いで健太君に連絡する。


「あっ、健太君。ごめんね。えっともう1回家まで来てほしいの。うん。今日3度目だけどごめんね」

 私は何度も呼び出す面倒臭い女だと思われないか少し心配だった。


「お母さん本当にありがとう」

 素直に感謝の気持ちを伝える。


「まぁ仕方ないじゃない。あんな沈んだ表情かおしてる美優も見たくないし。ここ最近のあんた本当に楽しそうだったからその健太君にも会ってみたいし」

 そう言ってお母さんは楽しそうに笑っている。


「あんまり健太君に変な事言わないでよ」

 私は一応釘を刺しておいた。


「ふふふ、大丈夫よ。あんたに恨まれたくないし。・・・ねぇ美優、」

 一呼吸置かれ少しかまえる。


「私この歳でまだおばあちゃんにはなりたくないからね」


「な、何言ってんのよ!?そういう事言ってんの!」


 お母さんは楽しそうだった。

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