第189話 クロージングセレモニー

「今日東京へお帰りになるとお聞きしてまして慌ただしいとは思いますが、せっかくの機会ですので一席準備させて下さい」


 森社長の好意を受け、一行は京都駅近傍のこじんまりとした京懐石料理屋へ招待された。


 改めて、森社長がお礼とあいさつを行い、ビールで乾杯。

 そして、懐石料理をいただきながら、森社長のこれまでの苦労話や、それを受けて片岡本部長の手に汗握る武勇伝などが披露され、談笑に包まれた会食となった。


 ふいに森社長が真奈美に声をかけた。


「酒井さんも、山田さんのように投資銀行出身なんですか?」


 真奈美は目が点となって一瞬動作停止した後、全力で首を振った。


「いえいえいえ、私はずっと白馬機工です。MA推進部に配属になったのもつい数か月前で、それまでは経営管理をしておりました」

「そうなんですか。失礼しました。いや、DDの仕切りも交渉対応もすばらしかったと聞いていますので、もしやと思いましたが……なるほど、経営管理でのご経験が活かされているんですね」

「お、恐れ入ります……」


 真奈美はうつむいて赤面したが、山田が追い打ちをかけた。


「まだ、うちにきて3か月なんですけど、早くもエース候補です」

「それは頼もしい」


 褒め殺しを受け真奈美は恥ずかしくなり、話題を変えるために、ずっと気になっていたことを聞いてみた。


「ところで、今回のプロジェクト名ですが、ビーチという命名には、何か意図するところがあったのでしょうか」


 それを聞くと、森はぱっと笑顔になった。


「実は先代が工場を京都市内に移す前は、日本三景の一つと言われる、宮津市の天橋立が本拠地だったんです」


 そして、森は少し懐かしい表情で続けた。


「神様が日本国を生み出したといわれる素敵な浜辺です。今回出資にあたって、国とまではいかなくても、何か新しいことを生み出したい。そんな想いで名づけました」


 森の言葉は、ほろ酔いの片岡の心に火を付けたようだ。


「森さん、ぜひやりましょう。我々が力を組めば、どんどん作り出せますよ」


 こうしてみんなそれぞれの想いを胸にしながら、出資完了をお祝いしたのだった。

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