第154話 お硬いのはお好きですか?

 翌日の木曜日の朝。


「おはよー、小巻、眠いよ~」

「お、その顔は、夜遅くまで契約ドラフトを読んでいた顔だね」

「はーい。全部読みましたよ。なんで契約ってあんなに難しい言語でかかれているのかしら。もっと小説みたいにわかりやすく書いてほしいんだけど」


 真奈美はあくびをしながら文句を言った。


 確かに、契約の文章はかなり硬い。


 例えば、払い込み前提条件にしても、真奈美にとっては


『一定の条件が整ったら対価を払う』という15文字でいいんじゃないの?


 と思う内容が、これを契約文章にすると以下のようになってしまう。


『投資家は、本払込期日において以下の各号に掲げる条件が全て充足されていることをその前提条件として、第1.2条に定める本株式の払込金額全額の払込義務を履行する。(経産省のひな形から抜粋)』


 小巻は苦笑いをした。


「まあ、確かにね。絶対に誤解が生じないようにガチガチの文章にしていくからね。特に出資契約は独特な表現が多いし……」


 小巻は苦笑の後、真顔で不気味な声を出した。


「でも、大津証券のドラフトはまだかわいい方よ?だって、一番面倒くさいプリエンプティブ、タグやドラッグの規定を全部削除しているんだもの」


 それを聞いて、真奈美の顔色はさらに青ざめた。


「それって、こっちから追記しなきゃいけないの?」

「そういうこと。さあ、今日は折衷案も作らなきゃいけないんでしょ。ビシビシ行くから覚悟しなさいよ。楽しい一日になりそうね」


 にっこにこの小巻に打ち合わせコーナーに監禁される一日となったのだった。

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