第140話 タグとドラッグ

「あと、森社長の持ち株が誰かに売却されたら困りますよね?」


 真奈美は、唐突にプロジェクターに映る事業本部の会場を伺いながら質問した。


「そりゃ困るだろ。森社長あっての宮津精密なんだ」


 片岡は両目をかっと開き少しむっとした声で答えた。


「はい。ですので、そのような事態になった場合は、当社の保有株式も一緒に売ってもらい出資を解消するという権利を要求しようと思います。タグアロング(Tag Along Right)といいます」

「なるほど。売るのをやめてくれとは言えないから、抜けるときは一緒に抜けようということだな」

「はい。その通りです。でも、逆の立場の権利も要求されることになります」


 真奈美は、ドラッグアロング(Drag Along Right)について簡単に説明した。


「森社長が売却する際、当社の株式も強制的に共同売却させることができる権利がドラッグです。今回はタグとドラッグをセットで提案したいと思います」

「うーん……それって、森社長が売却しやすくなって協業体制が壊れやすくなるという意味となる。ドラッグは受けないという方法はありますか?」


 この質問に対しては、山田が答えた。


「通常はタグとドラッグはセットで規定されることが多いです。交渉力次第で片方を押し付けることもあり得ますがアンフェアな要求をしたという印象を持たれる懸念があります」

「なるほど。確かに欲しいものだけを主張するのはアンフェアだし、それならこだわらない方がよいだろう。わかった。セットでの提案で進めることにしよう」


 こうして重要方針が議論され、残った『重要事項の取り決め方法』などはMA推進部と法務と相談して交渉することとなり、無事会議は終了した。


 TV会議を切ると、山田が真奈美をねぎらった。


「お疲れ様。出資がらみの複雑な仕組みもきちんと納得してもらえたようで良かったね」

「はい、昨日色々教えていただいたおかげです。ありがとうございました」


 真奈美はほっとして、急激に全身に疲れが下りてくるのを感じた。

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