第85話 信頼関係

 部長室から退出した山田は、ゆっくりとデスクに戻りながらさっそく真奈美に声をかけた。


「酒井さん、ありがとう。そしてお疲れ様。決裁もらえてよかったね」


 本当はうれしいはずのその言葉……でも、真奈美の頭の中では宿題のことが引っかかりモヤモヤしていた。


「……私、余計なことを言ってしまったでしょうか。事業本部の責任を増やしてしまいました……」


 山田は、一呼吸置くと、落ちついた口調でゆっくりと話を始めた。


「いや、むしろさすが酒井さんだと感心したよ」


 山田の意外な回答に、真奈美は思わず山田に顔を向けた。


「事業本部と信頼関係をしっかりと築けている酒井さんだからこそ、しっかりと指摘できることだったんだなって」


 山田は穏やかに続けた。

 

「今までのMA推進部では、ぼくも含めてあんなにびしっと指摘できなかった。鈴木部長もそれを感じ取ったから珍しく1回でOKを出したんだと思う。だから――」


 山田はにんまりと笑うとピースサインを見せた。


「自信もって、胸張って、片岡本部長に報告しに行こう」


 ――ピースサインを見て、真奈美は緊張がほぐれて力が抜けかけた。


(よかった。間違っていなかったんだ)


 そして、笑顔でピースサインを返して答えた。


「はい、わかりました。ありがとうございます」


 そして山田は最後に付け加えた。


「あと、プレゼンも最高だったよ。短時間であれだけしっかりと理解し説明できるようになるには相当がんばったんだろうね。本当に、ありがとう」

「い、いえ、こちらこそ。で、では、事業本部の会議アレンジしてきますね」


 真奈美は、自分の感情と表情が緩んでしまいそうで、それを山田に見られるのが恥ずかしくて、慌てて自分の席に戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る