第83話 数字を出すことの意味

「あと、事業本部がシナジー出すっていうけど、これも根拠はないんだよね?真剣に考えていないんじゃないかな?」


 鈴木は懸念表明を続けていた。

 山田は苦い表情ながら極めて冷静に応対を続けている。


「具体策まではまだ決め切れてはいません。DDを行ってからということになると思いますが、少なくともこの程度は実現できると考えているとのことです」

「とらぬ狸だな。適当に数字を置いただけかもしれないね?」


 山田は、この方向で鈴木を押し切れるのか、攻め方を変えるべきかを思案し沈黙の瞬間となった。


 それは短い時間の沈黙だったかもしれないが、その場にいるものにとっては長く感じられる一瞬……しかし、やがてその沈黙は意外な方向から破られた。


「あの、事業本部は……」


 鈴木と山田はその発言元に目を向けた。


 その視線の先には、真奈美がいた。


 意を決して口を開いたものの、二人に注目され、途端に全身から汗があふれ出してきた。


「酒井さん、どうぞ、続けて」


 山田チーフが優しくフォローしてくれる。


(ええい、ままよ)


 真奈美は唾をごくりと飲むと、言葉をつづけた。


「――事業本部からはシナジー効果の具体的な年度別の数字の提示がありました。それを価値化したのが先ほどの3年回収です」


 鈴木は変わらず不機嫌そうな表情のまま聞いている。

 それでも……


(ここで恐れても仕方がない。正しいと思うことを言うだけだ)


 真奈美は鈴木部長をまっすぐに見ながら説明を続けた。


「彼らは責任が取れない数字は本社には示しません。責任を取る覚悟があるからこそ、この数字を本社に示したと考えています」

「ほほう、なぜ、そうだと分かるんですか?」

「私は経営管理出身です。事業本部から数字のコミットを出させることが業務でしたから、事業本部が本社に数字を提示することの意味は十分に理解しております」


 それを聞いて、鈴木は真剣な表情で沈黙し何かを考え始めた。

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