第149話 ドラゴンに挑もう 中

 ずるずる、ずるずる――。


 僕は仰向けにされて、誰かに腕を引っ張られて運ばれている。

 ゴツゴツした荒れ地が背中がゴリゴリと当たる。まるでおろし金で削られている気分だ。


「撤退!! シャノンさん殿しんがりを! エリスさんは先導をお願い! ロージアさん、シャノンさんの援護して! ニーナちゃん、走りながら回復できる!?」


 誰かが何かを言っているけど、水中で聞く物音のようで意味までは分からない。


 あれ、僕は何をしているんだっけ?


 この意識が朦朧としている感じには覚えがある。

 イジメを受けていた頃に、頭にいいのをもらった時だ。

 肉体的損傷は回復魔法のようなスキルで完治するけど、脳しんとうは状態異常扱いで、体力を回復させる魔法では治らない。

 こういう時に必要なのは、しばらく安静にすることだ。

 乱暴に扱うと、症状は長く続く。


 だからしばらくそっとしておいてくれないか?


「立って! 立て! ヒイラギカズヤ!」


 語気の強さとは裏腹に声は泣きそうに聞こえた。耳に届いた。


 僕のフルネームなんて最初に教えたきりなのに、覚えていたんだ。

 ずっとひーくんって呼ばれてたから、なんなら苗字も覚えられてないかもなんて思っていた。


「ニーナちゃん!」


「回復魔法は効いてます」


「じゃあ、どうして!」


「落ち着いてください。大丈夫です。頭を打って混乱されているだけだと思います。安静にしていれば大丈夫です」


「ダメ! 今は距離を!」


「メルさん、落ち着いてください! リーダーの貴女が冷静さを失ってどうするんですか!」


 声は聞こえていたし、意味も理解していたが、それ以上に頭が働かない。

 そしてようやく掴まれていた腕が離された。僕は横たわり、大地の抱擁を甘受する。目を閉じると世界が回っているような感じがしたので、目を開ける。しかし世界はなんだかぼんやりと揺れていた。


「……ひーくんが立てるようになるまで時間を稼ぐよ。シャノンさん、エリスさん、しばらく足止めを! ロージアさんは前衛の援護、ニーナちゃんはひーくんを回復して。斥候は私が引き継ぐ」


「動きが鈍ってきた。このまま押し切れんよ!」


「深追い禁止! 時間を稼ぐことに専念して! 立て直して撤退を最優先! 右側面注意!」


 右側面注意。それは僕が出さなきゃ行けない報告のはずだ。

 そもそも僕は何をしていたのだっけ?

 右側面注意って?


 そもそも右って誰から見てだっけ?


 ダンジョン内では方位磁石が役に立たない。方位は意味を為さない。


 一方、ポータルは比較的高くまで光が立ち上っており、発見しやすい。


 そこで冒険者たちは自分たちがその階層に入るときに使ったポータルを後ろ、その外側を前だと定義した。前とはポータルから離れていく向きであり、ポータルを背に立った時に左右が確定する。


 僕らは今ポータルに向かって後退していたはずで、それを踏まえると右とは向かって左側だ。


 ややこしい気がするが、これを感覚として身に着けなければ冒険者としてはやっていけない。無理ならば転職がオススメだ。


 僕は――、


 岩肌顕わな地面に手を突いて体を起こす。膝を入れて立ち上がろうとした。


「カズヤさん、まだ無理しないでください」


 ――得意だ。


 僕らが身を隠していた岩に跳び上がる。全周確認。ポータルの位置、味方の位置、敵の位置。


 だけどメルは――、


「修正! 左側面30秒で会敵! ドラゴン!」


 ――慌てるとよく左右を間違える。


「ひーくん!」


「メル、撤退指示を!」


「エリスさん、今の相手をしながら最後尾。シャノンさんは合流してくるドラゴンを牽制。後退の先導はひーくん。撤退開始! 動いて!」


「了解!」


 岩を飛び降りた僕はニーナちゃんの速度に合わせながら後退を先導する。およそ1分に一度のペースで岩に飛び乗って周囲を確認。

 シャノンさんとエリスさんはドラゴンの合流を邪魔しなかった。

 2体のドラゴンは連携して攻撃してくるわけではない。

 むしろ競い合うように前衛組に襲いかかってくるので、お互いの巨体が邪魔をする。


 開けたフィールドであれば、危ない選択だったかもしれないが、ここは無数の岩が突き出していて、ドラゴンの巨体では真っ直ぐ走ることも難しい環境だ。

 突撃で岩を粉砕することもできるが、それにはタメが必要なようだった。


 というか、岩越しにその突撃を食らったようだ。

 よく生きてたな、僕。レベルが上がってなければ即死だったに違いない。


 いや、僕はドラゴンよりかなりレベルは高いはずなのに、それでも大きいダメージが通ったことに驚くべきだろう。

 ドラゴンというのは特異な存在なのだと改めて認識する。


「ポータルまで1キロくらい! 岩が切れるから、後は全速!」


 30層に入るポータルの周囲は平らな地形だ。見晴らしが良く、障害物が無い。

 僕は一番端っこの岩の上で状況を確認しつつ叫ぶ。

 いま先頭を走るのはニーナちゃんだが、彼女は体格の問題でどうしても足が遅い。続いてロージアさん。年長者だが、ニーナちゃんに負けず劣らずって感じ。


「ひーくん、動いて!」


 メルに言われて僕も岩を飛び降りる。


 ぐんぐんとロージアさんとニーナちゃんの背中が迫る。

 ちなみに後ろからドラゴン2体も迫っている。


 その時、ニーナちゃんが足を引っかけて転びかけた。

 僕は慌てて手を伸ばすが、それよりも先にエリスさんの腕がニーナちゃんを抱え上げた。エリスさんは愛用の武器を捨て、ニーナちゃんをお姫様抱っこで走る。

 それを見たシャノンさんもロージアさんを捕まえて抱え上げた。


 格好よすぎる。

 僕が異性だったら惚れて、いや異性か。


 2人が男前過ぎて、混乱してしまった。


 光立ち上るポータルがはっきり見える距離になると、ドラゴン2体は唐突に僕らから興味を失って去って行く。

 安全地帯に入ったのだ。


 僕らのドラゴン戦は敗走に終わった。

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