第150話 ドラゴンに挑もう 後
安全地帯で全員の無事を確認した後、シャノンさんとエリスさんが投げ捨てた武器を回収して帰ってきたので、今日はアーリアに戻ってパーティ資金で反省会だ。
まだ昼にもなっていない時間だったので、前衛2人組はやや不満顔だったが、地面に投げ捨てた武器を手入れもせず使うのは危険だという認識はちゃんと持っている。
それぞれに武器を職人に預けた後、ちゃんとした造りの店で昼食を注文した。
「撤退するほどじゃなかったんじゃねーかな? あのままでも勝てたと思うぜ」
「勝てると、殺せるは別だよ。相手を殺せたとしても、誰かが治せないほどの怪我をしてたら意味ないんだから」
いま正面からバチバチとやり合っているのはエリスさんと、メルだ。シャノンさんは多分意見としてはエリスさん寄りなんだけど、エリスさんに同意するのは癪だから黙っている感じがする。
僕はメルの意見に大賛成なんだけど、今回の撤退の原因を作った手前、口を挟みにくい。
謝るのは簡単なのだけど、メルの撤退判断は間違っていなかったと思うんだよね。
例えば多少の怪我でも続行となった場合、ロージアさんやニーナちゃんが負傷しても続けるのかってことになる。
もちろん斥候と後衛では重要度は変わってくるけれど、撤退時に2体目のドラゴンに絡まれたことも含め、やはり1人でも戦闘能力を失ったら撤退は正しいと思う。余力がある状態で逃げたから、全員無事だったのだ。
逃げるべきじゃない場合もあるだろうし、逃げられない状況というのも考えられる。だけど実戦を使って訓練をしている以上、逃げるべき状況を判断して逃げる癖をつけておくことも必要だと思う。
特に今回は初めてのドラゴン戦だったわけで、安全マージンを大きめに取るのは間違ってないはず。
「今回は誰かが撤退判断したら即撤退の条件だったんだから、そこに文句はダメ!」
「そうは言うけど、もうちょいで首落とせたと思うんだけどな」
このゲームのステータスに体力はあっても、HPはない。首を落とせば死ぬし、動脈を絶てば、そのうち死ぬ。レベルが高くなったからと言って、HPが多くなって戦闘に時間がかかるようになる、というようなことはない。
それは魔物にも、僕らにも言えることだ。
死ぬときは一瞬。
僕だって当たり所次第では死んでいたに違いない。
「えっと、僕が言うのもなんだけど、前向きな話をしよう。毒は効いてる感じはあった? 僕の見る限りではあんまりなんだけど」
「ちょっとは効果あったと思うけどな。効きは遅いっぽいけど」
「魔法は確実に効果あったけど、どっちかというと使わないほうがいいかもな」
「確かに暴れ出して手がつけられない感じだったよね」
「怯ませる効果はあったから、誰かが怪我をして後退する場合なんかに使うのが良さそうだな」
話題の転換はうまくいって、次に向けた改善点の話になった。
正面はシャノンさん、エリスさんの2人、メルは側面で腹では無く、足を狙う。
ロージアさんは前衛2人の指示にしたがって、水魔法を使う。
僕とニーナちゃんは変わらずという感じ。
反省会を終えて、僕は失った装具を補充するために買い物に出た。とは言ってもクロスボウもボルトも地球産なんだよなあ。こっちで買ったのは毒くらいだ。
新しいのを買い直すくらいのお金はあるが、ちょっと日本円の残高が厳しくなってきた感がある。魔石を売れなくなったのがキツい。
なんかアーリアで買えて、日本のリサイクルショップで高く売れるような物品はないものかな。
「ごめんね。慌てて撤退しちゃって」
一緒に来たメルが反省会では見せなかった表情でそう言った。
「そんなことないよ。適切な判断だったと思う。僕が言うのもなんだけど。僕こそ油断しててごめん」
「岩の後ろだと安全だと思っちゃうよね。でも岩が粉々になって吹っ飛んで、もうワケが分からなくなっちゃって。いつもならあんなに慌てたりはしないんだけど」
メルの手が僕の手を掴んだ。
「ひーくんが無事で良かった……」
メルの手が震えている。その顔を見て、僕はぎょっとした。メルは大粒の涙をこぼしていたのだ。
「怖かった。ひーくんがいなくなるかもって思うと、本当に怖かったよぉ」
人のいる街路にもかかわらず、メルは僕に縋り付いて声を上げて泣き出してしまう。
町を行く人たちの目があったが、構わずに僕はメルの肩を抱いた。強く。
いなくなる、という表現が僕の心を刺す。
僕はアーリアを去る決心をしている。それをまだメルには話していない。20層の階層越えドラゴンを倒すまでは、それ以外の雑念をメルに与えたくなかったからだ。
だから僕は何も言えずに、メルを抱きしめることしかできない。
30層のドラゴン?
翌週にはさくっと倒してやりました。
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