第148話 ドラゴンに挑もう 前
戦いが始まった。
地面から突き出した岩の乱立する荒野で僕らが相対するのは1匹の
いわゆる蜥蜴の王様みたいなヤツ。
体長は30メートルほどだろうか。
学校のプールほどの巨体が襲ってくると思えば分かりやすいかもしれない。もう一回りくらいは大きく見えるので目算30メートル。
僕らは事前の打ち合わせ通りに散開する。
去年、異世界に飛ばされるまであんなに軟弱だった僕は今、左手で掴んだクロスボウの弦を右手で引いて、固定金具に引っかけることができる。
弦の張られたクロスボウを一旦地面に置いて、矢筒からボルトを抜く。
腰のベルトに提げたいくつもの小物から神経毒の入った袋を選んで、ボルトの先端を浸した。
このボルトは鏃部分に細い溝が何本も掘ってある高級品だ。こうして毒を溶かした液体に浸してやると、溝が毒を吸い上げて、ただ表面に塗るだけよりずっと多い量の毒を打ち込める。ある程度の時間、鏃に毒が残るのも武器としては心強い。
クロスボウに毒ボルトを装填した僕は岩陰から戦場を覗き込む。
戦闘開始位置から前衛組は左手に、僕は右手に回り込んでいったので、今はドラゴンの斜め後ろの位置だ。
絶好の位置取りだと思った。
撃つなら今だと。
――攻撃できると思った瞬間が一番危ない。獲物しか見えてないと思ったら、視野を広げろ。攻撃は仲間の安全を確認してからだ。
ヤクトルさんの言葉が脳裏をよぎる。
前線ではシャノンさんとエリスさんがドラゴンの正面に立ち、ロージアさんも岩陰から姿を見せている。水球を操作して敵に貼り付けるためにはある程度接近しなければならないからだ。
メルは側面を取っているが、だからと言って安全なわけではない。
だが今もっとも脅威となるのはドラゴンの牙や爪ではない。別の魔物がこの場に合流してくることだ。
僕は背後を確認してまず自分の安全を確認した。
それから左手。ニーナちゃんが隠れている辺りに目を走らせるが、岩が多くて視界が狭い。
僕は岩の上に飛び乗った。30層のドラゴンにブレス攻撃は無い。遠距離からいきなり攻撃を食らうことはない。
周辺を見渡した。怪しい岩も無ければ、接近してくる巨体も無い。
「前方集中!」
僕は叫んだ。目の前の敵にのみ集中して良いという合図だ。
ドラゴンが首をこちらに向ける。今なら頭部を狙うこともできそうだけど、シャノンさんやエリスさんが射線に飛び込んでくるかもしれない。
「ボルト!」
僕は射撃を宣言してクロスボウを右に向けた。ドラゴンのお尻のほう。尾の付け根辺りを狙って引き金を引いた。なんか可動部って感じで柔らかそうだしね。
――弓を射つ時は必要以上に逡巡するな。そして撃った後は……。
即座にその場を離れる!!
今更手の加えようの無い結果など見なくていい。うまく射てなかったことを反省するのは訓練の時だけでいい。
岩陰から岩陰へ。
走りながらクロスボウの弦を引く。
視野は広く、戦場の外側の異変も見逃してはいけない。
斥候の敵は、魔物ではなく、環境だ。仲間を適切に敵のところにお届けし、その後は敵に集中できる環境を維持するのがお仕事だ。斥候が戦闘で活躍してはいけないというわけではないが、もしも頻繁に斥候が活躍するようなら、それはパーティの編成か役割分担が間違っている。
つまり「お前はなんの役にも立ってないな。追放!」ってなる斥候は仕事ができてるってことかな?
でもその手のお話って大抵その斥候の人は単独でも強かったりするんだよね。それはそれで手を抜いてない?
大丈夫。余計なことを考えている、というよりは考える余裕がある感じだ。
僕は新たに神経毒を吸い上げたボルトを装填し、岩の上に跳び上がった。
周辺を一瞥した後、引き金を引く前にさっき射ったボルトの効力を確認。
防錆処理を施されたボルトは鈍い銀色で目立たないため、初撃には尾を赤く塗ったボルトを使用した。
次弾もそうしている。
こうすることで刺さったかどうかの確認がしやすいし、今回は見なかったけど弾道が目視しやすい。
仲間にとっても誤射を受ける危険性が下がる。
うちの前衛陣ならクロスボウの速度でも武器で打ち払える。
そして最初に射ったボルトはドラゴンの尾の付け根に鱗を貫いて半分ほど突き刺さっていた。相対距離は10メートル弱での射撃だったので、金属鎧でも打ち抜けることは分かっていたが、実際に刺さっていると嬉しい。
もちろん角度次第では弾かれることもあるだろうけど。
神経毒のほうは効いている感じはしない。
相手が巨体の場合は効きが悪いとは聞いていた。効力の発生までに時間がかかるとも。
ボルト自体のダメージもほとんど無いんだろう。
爪楊枝が刺さったようなものだ。
いや、結構痛いな、それ。
僕なら叫んで暴れ回るだろう。
「ボルト!」
射撃宣言は味方に向けて飛来物があることを知らせるために行っている。
不意に打つと、メルなんかは近くを通っただけのボルトを反射的に打ち落としてしまうからっていうのもある。
知能の高い魔物相手だと意味がないどころか、悪手だろうけど、30層のドラゴンはそうではないようだ。いや、射たれると分かってもあの巨体ではクロスボウのボルトを避けるのは無理だろう。
余裕があったので、射撃の結果を見守ることにする。
二射目はドラゴンの背中に吸い込まれるように消えた。
偶然だけど鱗と鱗の隙間に入りこんだのだ。
赤いボルトの尾は見えなくなり、ボルトが深く食い込んだのだと分かる。
僕は岩からすぐに飛び降りる。
シャノンさんやエリスさん、ロージアさんや、メルの活躍をもっと見ていたいところなのだけど、僕の役割は外側に注意を払うことだから、中々そういうわけにもいかない。
そう、僕は外側に注意を払っていた。
余計なことを考えられるくらいに余裕を持って、戦場の外側を見ていた。
ヤクトルさんには視野を広げろと言われていたのに、外側しか見ていなかった。
「突撃が来るよ!」
だからそのメルの注意喚起も前衛組、あるいはロージアさんに向けられたものだとばかり思っていた。
そして岩陰にいれば安全だと思っていた。
そう結局のところ僕は油断していたのだ。
クロスボウが有効かはともかく、鱗を抜いたことで、いい気になっていたのだ。
ヤクトルさんの忠告はつまりは、
――うまく事が進んでいると思っている時こそ、足下を掬われる。
そういうことだったのに。
衝撃の瞬間は思い出せない。
気が付くと僕は地面にうつ伏せに倒れていた。
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