第8話 冬休みだし訓練しよう

 アーリアの冬は奈良よりもずっと厳しい。少なくとも奈良では膝まで埋まるほど雪が積もることはない。なるほど、薪が冬場の生命線になるわけである。僕が割った薪も今頃はどこかの家を暖めているのかも知れない。


 幸いというか、凍土越えのために買った防寒着がよく役に立っている。環境としてはダンジョンの凍土のほうが厳しかった。アーリアの冬はまだ厳しくなるのかも知れなかったが。


 冬休みということもあって僕は単独行動だ。さっさと宿題を終わらせた僕はベクルト剣術道場で毎日泥まみれになりながら訓練を受けている。これまでまとまった訓練時間を確保できていなかったから、ここで少しでも成長しておきたい。


 剣と盾の扱いにも慣れてきた。慣れてきたという程度であって劇的に強くなったわけではない。だが少なくとも攻撃の際に刃を立てることはできるようになった。アーリアの刀剣類は斬ると言うよりは叩きつける武器だが、刃が鋭くないわけではない。殴ったついでに切り傷も与える。そんな武器だ。


 そして腕につけた小型盾は店員さんに言われたように守ると言うよりは弾くためのものだ。受けに回るとほとんど意味がない。相手の攻撃に合わせて腕を振る必要がある。もちろん失敗すれば大きな隙を晒すことになる。だから大きく振り払うのではなく、小さく刻むように盾をぶつける。それも正面から弾き返すのではなく、攻撃を横から叩く感じでだ。


 いま渾身の振り下ろしを横に弾かれたゼックくんが目を見開いて驚く。悪いね。上手く行くのは10回に1回くらいなんだけど、今回がそれだったみたいだ。


 もちろん攻撃を弾いてそれで終わりではない。剣を弾かれて体勢を崩したゼックくんに僕は最小の動作で突きを入れる。縦にしろ、横にしろ、今から振りかぶっていてはゼックくんに体勢を立て直す時間を与えてしまうと思ったからだ。


 だがゼックくんは思い切りよく横に転がった。崩れた体勢を立て直そうとせずに、そのまま自ら崩れに行った形だ。踏みしめられて泥と混ざり合った雪に塗れることも厭わずに、ゼックくんは地面で一回転して起き上がる。


 やるなあ。振り出しに戻った。基本的に実力では圧倒的に負けているので、今の機会で1本入れられなかったのは悔しい。20回に1回の勝ちの目を拾い損ねた。そこも含めて実力差だと言えば、確かにそうなんだけどさ。


 僕は胸元に盾を溜めるように持ち、右手で木剣を突き出す。教えられた型ではないが、というか、ベクルト剣術道場では型なんて教えていないが、僕が自分で考えた身を守るための姿勢だ。


 剣先を向けられると自然と人はその向きから逃れる、あるいは距離を取ろうとする。自分を向いた剣先に向かって飛び込んでこれる人は少ない。これは木剣だが、ベクルト剣術道場では真剣を持っているつもりで訓練するのが基本だ。


 僕らは剣の届かない間合いで睨み合う。僕もゼックくんも先に動いた方が負けるというような達人の域ではない。ぶっちゃけ先に動いた方が有利だ。なのに動けないのは、何をすればいいか迷っているからだ。


 剣で斬りかかるか、足下の泥濘を蹴り上げるか、あるいは剣の間合いより飛び込んでいって格闘戦に持ち込むか。魔術による陽動ということも考えられる。


 ゼックくんは体を左右に振って、僕の隙を窺う。僕はぴたりと彼の方向に剣を向け続ける。ゼックくんも剣先を僕に向ける。お互いの切っ先が当たるか当たらないかという距離だ。


 剣先を細かく動かし、簡単に払われないようにする。また逆にゼックくんの剣を払える好機を待つ。


 ここだ、と思って前に踏み込んだ瞬間、ゼックくんも前に踏み出した。お互いに相手の剣を払おうとして、がっつりぶつかり合う。つばぜり合いになった。こうなるとレベルの低い僕が不利だ。筋力の補正値で負ける。


 僕は着火の魔術構成をゼックくんの眼前に生み出す。しかし魔力を流す前に、構成に妨害を入れられて魔術は不発に終わった。だが一瞬ゼックくんの力が弱まった。ここぞとばかりに押し返す。


 押し合いというのは筋力がものを言うが、タイミングも重要だ。結果的に僕は上手く虚を突けた。狙ってはいたが、狙い通りに行くのは珍しい。たたらを踏んだゼックくんは雪に足を取られて尻餅をついた。僕はその眼前に剣先を突きつける。


「参った」


「やっと1勝」


「次やるぞ。次!」


 この1勝をもぎ取るまでに17連敗だ。ゼックくんもよく付き合ってくれるものである。まあ、今日の参加者ではお互いに勝負になり得る強さの相手が他にいないので仕方がない。


 お互いに小回復魔術で体力を回復させつつ、剣を構える。


 僕らは日が暮れるまで剣で打ち合った。結局勝てたのはその1度だけだった。

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