第9話 橿原神宮で初詣をしよう
大晦日になった。メルを家に迎えて家族みんなと紅白歌合戦を見ながら年越し蕎麦を食べて、僕はメルと2人で電車に乗った。いつもなら初詣は近所の神社で済ませるのだが、せっかくメルがいるのだからと橿原神宮に向かうことにしたのだ。
橿原神宮自体はそれほど歴史のある神社というわけではない。神武天皇をまつっているとはいえ、創建自体は明治時代だ。近所の神社のほうが歴史はずっと長い。だけど規模としては橿原神宮のほうが遙かに大きい。
近所の神社はいくら歴史があるとは言っても露店すら出ないからね。お祭り気分を味わうなら断然橿原神宮だ。
いつもは大和八木駅で降りるところをそのまま電車で橿原神宮前駅まで乗る。深夜に近い時間だというのに沢山の人が参拝に訪れている。人波ではぐれないように僕らは手を繋いで、誘導に従って道を進む。
境内に入ると参道に沿って露店がずらりと並んでいる。年越し蕎麦だけでは腹が満たされていない僕らはあちこちの露店で買い食いをした。
「ねぇ、変わった服を着てる人がたくさんいるね」
「ああ、あれは着物と言って日本の民族衣装だよ」
「凄く綺麗な模様が入ってるね。不思議な感じ。ちょっと着てみたいかも」
「流石に今から着物は手に入らないなあ。たぶん、お値段も高いし。着付けもできないしね」
「日本の民族衣装なのに着方が分からないの? 変なの」
「女性でも着物を着るのは正月くらいじゃないかなあ。あとは成人式か。男に至っては一生着ない人も多いんじゃないかな」
「そうなんだ。なんだかもったいないね」
まあ、確かに和服文化が廃れていくのはなんだかもったいないというのは分かる。日本の伝統文化なんだし、なんらかの形で残っては行くだろうが、一般の人にとってはどんどん縁遠い存在になっていくのかもしれない。
「着物体験みたいなのはあるはずだし、今度メルも着てみる?」
「うん!」
たこ焼きを食べ、焼きそばを食べ、ベビーカステラを食べて、林檎飴を食べた。甘酒で体を温める。綿菓子を作っているところでメルは足を止めた。
「ねぇねぇ、なにこれ」
「綿菓子と言って、砂糖菓子の一種だよ」
「はえー、これもお砂糖なんだ」
ひとつ買ってメルに手渡す。
「わぁ、雲みたい」
「千切って食べてもいいけど、手がべたつくし、そのまま齧りついたらいいよ」
「ふわふわしてるぅ。……あまーい!」
「まあ、砂糖だからね」
メルが綿菓子を食べ終わった頃に、誰かがカウントダウンを始めた。それが正しいのかどうかは分からないが、みんなで声を合わせる。
「5! 4! 3! 2! 1!」
わぁぁと歓声が上がる。困惑しているのはメル1人だ。
「いま日付が変わったんだ。日本は新年を迎えたんだよ」
「こんな夜中に日付が変わるの?」
「太陽が一番高く上がった時間のちょうど正反対なんだよ。日本じゃここが1日が変わるタイミングなんだ」
「そうなんだ。こういう時はなんて言えばいいのかな?」
「日本じゃ、明けましておめでとうだね」
「それじゃひーくん、明けましておめでとう」
「うん、メル、明けましておめでとう。今年もよろしくお願いします」
「こちらこそだよ」
それから僕らは人波に合わせて移動して拝殿に進む。
「日本じゃ新年に神社にお賽銭を投げて願い事をする習慣があるんだよ」
「アーリアのお金でも大丈夫かなあ?」
それは流石に神社が困ると思うな。僕はメルに100円玉を握らせる。
「それで銅貨1枚くらいかな」
「それじゃ、えーい!」
メルは周りの人の見よう見まねで賽銭箱に100円玉を投げ入れた。僕も100円玉を放り投げる。1年の無事と健康と商売の成功とメルと一緒にいられるように祈る。100円なのにちょっと欲張りすぎたかも知れない。
世界のゲーム化で人類の創造主としての神は死んだが、神社や宗教がその役割を終えたということはない。人類が高次の文明によって作られた存在だと分かったところで神が存在しないという証明になったわけではないからだ。
「メルは何を願ったの?」
「えへへ、秘密」
「じゃあ僕も秘密にしとこ」
「えー、ずるーい」
「ずるくはないでしょ」
僕らは後続に場所を譲って人の流れに乗る。境内は一方通行なのでぐるりと別のルートで帰ることになる。こちらにも露店が並んでいて、メルとあちこちの露店を楽しんだ。
近鉄で地元駅まで帰り、家に帰ると家族はまだみんな起きていた。まあ、我が家では正月は明るくなるまで起きていて、そこから爆睡がいつものながれだ。父さんからお年玉をもらう。メルの分も用意してくれていた。
「そんな、いただけないです」
「遠慮することはないよ。今年も和也をよろしくお願いします」
「えっと、はい! こちらこそよろしくお願いします!」
それからリビングで正月番組を見ながら、おせちを摘まむ。父さんと母さんは日本酒も飲んでいるようだ。そうこうしているうちにメルはソファでうつらうつらと船をこぎ出した。
「メル、眠たい?」
「うん……」
返事も半分寝言みたいなものだ。
「和也、ベッドを貸してあげなさい。お前はここで寝ろ」
「まあ、そうするか」
僕はメルを両手で抱き上げる。特に抵抗はない。水琴に先導してもらってドアを開けてもらう。
僕の部屋のベッドにメルを寝かせて、特に何をすることもなく部屋を後にする。水琴の目が光っていたからね。光っていなくともなにかする勇気なんて僕には無いけれども。
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