第6話 クリスマスを祝おう

 12月23日に終業式を迎え、2学期は無事に幕を下ろした。僕にとっては人生でもっとも濃い期間だったと言えるだろう。


 翌24日、僕は朝からベクルトさんのところで修行を積むことにした。ズタボロになりながら一心不乱に剣を打ち込む。日本はクリスマスイブなのに何をやってるんだろうと思わないでもないが、一応今夜はメルを連れて行って自宅でパーティの予定だ。


 日暮れ時になって僕はメルを迎えに酒場に向かう。早上がりしたメルと一緒にアーリアから日本に転移して、面倒臭いけど一旦家から外に出て、メルを連れて帰ってきた風を装う。


「ただいま。メルを連れてきたよ」


「メルシアさん、いらっしゃい!」


 水琴が部屋から飛びだしてくる。


「水琴ちゃん、こんばんは!」


「さあ、上がって上がって」


 水琴がメルの手を引っ張って家に上げる。


「お母さーん! メルシアさん来たよー!」


 手を繋いで階段を上がる2人を後ろから追いかける。家の階段狭いからちょっと見てて怖いな。リビングでは4人がけのテーブルに椅子がひとつ追加されていた。あらかじめメルが来ることを伝えておいたためだ。


 我が家ではクリスマスの飾り付けというものをほとんどしない。市販のクリスマスツリーを出すが、その程度だ。幼い頃にはもっと飾り付けをしていたような気がするが、僕と水琴が小さな子どもではなくなると自然と飾り付けは減っていった。


 テーブルの上にはファストフード店のチキンが鎮座している。ファストフードとは言うが、今日に限っては予約して大行列を超えなければ手に入らない。


「チキンで悪いわね。メルシアさんの方ではやっぱりターキーなのかしら?」


 メルが困ったように僕に目線を向けたので、僕は小さく何度か頷いた。


「えっと、そうです。でもチキンも美味しそうです」


「そう言ってもらえると助かるわ。まあ、家で作ったものじゃないけれど」


「それじゃあ始めようか」


 父さんがそう言って僕らは席に着く。シャンメリーの栓が開けられ、ポンと炭酸の抜ける音がした。


「あ、メルは炭酸苦手なんだった。なにかジュースとかあるかな」


 僕は立ち上がって冷蔵庫を漁る。オレンジジュースを見つけたのでこれでいいだろう。僕らはそれぞれにグラスを掲げた。正式な作法などは知らないが、家ではこれがクリスマスの晩食だ。


「メリークリスマス!」


 シャンメリーに口をつけて、チキンを手に取り齧りつく。手で食べる食事ならメルも慣れたものだ。むしゃむしゃとチキンを口に運ぶ。


「美味しい!」


「お口に合って良かったわ」


「メルシアさんはご家族と過ごさなくて良かったのかい? あっちの人のほうがクリスマスは大事にしそうだけど」


「私、家族がいないので」


 メルはあっけらかんと言ったが、その言葉は僕の家族に衝撃を与えたようだった。


「それは済まないことを聞いたね。それじゃ日本に1人で?」


「ええと、まあ、はい」


「もう、お父さん、今日はいいじゃないか。せっかくのクリスマスだよ」


 これ以上メルについて深掘りされてはたまらないと僕は口を挟む。


「おっと、そうだったな。今日は楽しんでいってくれたら嬉しいよ」


 その後は意識的に我が家の過去の話を振っていった。水琴はどんな子どもだったのかとか、そこから派生して僕の話だとか。正直、自分の話を深掘りされるのは恥ずかしいの一言だが、今は道化を演じる他ない。メルも楽しそうに聞いてくれているので、これでいい。


 談笑しながらチキンが無くなると、メルお待ちかねのケーキの出番だ。ホールケーキがテーブルに出てくるとメルは歓声を上げた。母さんが包丁で6等分にする。流石にフリーハンドで5等分は難しい。


 小皿に取り分けてフォークでいただく。うーん、めちゃくちゃ甘ったるい。工場生産の、長期保存向けだから仕方ないのだろうが、味が大雑把だ。それでもメルはお気に召したらしい。これはこういうものだと思ったのかも知れない。


 余った一切れは、さらに半分に割ってメルと水琴に配られた。まあ、妥当な配分だと言える。


 しばらく歓談してお開きと言うことになる。僕はメルを送っていくという形で、メルと共に家を出た。玄関まで見送ってくれた家族には悪いが、早く片付けに2階に上がって欲しい。


 いや、この時間なら家の裏手でキャラクターデータコンバートしても問題無いかも知れない。変に家に入るより人目に付かないだろう。靴を履いたままでいいのも利点だ。


 僕はそうすることにしてメルを家の裏手に連れて行ってキャラクターデータコンバートした。アーリアの僕の部屋からトリエラさんの宿までメルを送っていく。


「ああ、今日は楽しかったあ」


「そう言ってもらえると誘った甲斐があるよ」


「ひーくんの家族はみんないい人だね」


「まあ、悪い人では無いね」


「そんな言い方して」


 メルはクスクスと笑う。


「また来年も誘ってくれる?」


「もちろん」


 メルが僕との関係を1年先も続けて良いと考えてくれているのだと分かって心が躍る。


「来週には日本は新年を迎えるし、まだまだ楽しいことがいっぱいあるよ」


「7日、ううん8日後かあ」


「それか前日から家に来てもいいよ。新年を迎える時は夜通し起きてるのは普通だからさ。それから1年の幸福を祈願しに行くんだ」


「うん! じゃあお言葉に甘えるね!」


 メルがにっこりと笑った。

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