第5話 ルミナリエに行こう
アーリアはピシャリの月に入った。日本の暦では12月18日の土曜日。いつものようにメルを連れて大和八木駅前に着くと、メルが目を輝かせて周囲を見る。
「わぁ、なんだか凄く綺麗」
メルが目を奪われたのはクリスマスの飾り付けだった。昼間なので電飾が輝いているということはないが、華やかに飾り付けされているのは分かる。
「もうすぐクリスマスだからね」
「クリスマス? クリスマスって何?」
「ずっと昔に生まれた偉い人の誕生を祝う日だよ」
メルに宗教の話をしても分からないだろうから、こんな説明になる。
「お祭りなの?」
「そうだね」
僕はスケジュールを確認する。
「ちょうどメルが今度こっちに来る日だね。日本だと前の日が一番盛り上がるんだけど」
「分かる。アーリアでも前夜祭が一番盛り上がったりするよ。当日はみんなもう飲み過ぎてヘロヘロなの。日本でもそうなんだ」
「そんな感じだね。ケーキとか食べるのも大体前の日の夜だし」
「ケーキ!」
メルが食いついてくる。そういや最近はパフェばっかりでケーキは食べていなかったっけ。喫茶店にもケーキはあるのだが、目下メルはパフェのコンプリートが目標だ。
「クリスマスケーキというとホールケーキが一般的なのかな? でもブッシュドノエルとか、シュトレンとかもあるか」
「クリスマスの木? 坑道?」
「あー、異界言語翻訳が悪さしてるな。どれもケーキの種類の名前だよ」
僕はスマホで検索してそれぞれの見た目をメルに見せる。
「わぁ、おもしろーい! どれも食べたことない!」
そう言えばビュッフェで食べたケーキはどれも四角くカットされたケーキで、ホールケーキはなかったっけ。
「家でも多分ホールケーキを予約してるだろうし、メルさえ良ければ前夜祭のご飯をこっちに食べに来る? 今のうちに言っておけば大丈夫だろうし」
「いいの!?」
「ダメとは言われないと思うよ。きっと」
我が家ではクリスマスと言えばチキンとホールケーキと相場が決まっている。5人だと切り方がちょっとややこしくなるが、水琴だってメルが来る分には文句を言いはしないだろう。
「やたー!」
メルが両手を上げて喜ぶ。その大仰な仕草に衆目を集めてしまうが、パーカーのフードを被っていることもあって、あの画像の主だとは気付かれなかったようだ。
「それじゃあ次の仕入れの前の日に迎えに行くよ。酒場での仕事は入ってる日?」
「多分入ってると思う」
「それじゃちょっと遅い時間になるか」
「用事があるって言えば日暮れには上がれると思う!」
「分かった。それくらいの時間に酒場に迎えに行くよ」
「わーい! 楽しみだなあ!」
「せっかくだしクリスマスイルミネーションも見せてあげたいけど、大阪まで出るのは時間的に厳しいなあ。あ、でも今の時期だとあれがあるか」
僕はスマホで検索する。
「あー、ルミナリエは明日までか。まあクリスマスのイベントでもないしな」
神戸ルミナリエは阪神淡路大震災の鎮魂と追悼のために行われているイベントだ。とは言っても僕が生まれるより前に起きた震災だ。僕らの世代では観光イベントという感覚でしかない。
「いや、でも逆に言うと今日なら行けるか。メル、今日は帰りが遅くなっても大丈夫?」
「明日に響かないくらいなら大丈夫だよ。ひーくんが送っていってくれるんだよね?」
「もちろん」
善は急げだ。僕らは魔石の売却と仕入れを済ませ、自宅に戻り、アーリアに行ってレザスさんのところに納品に行って、また日本に戻ってきた。
今日は両親はゴルフでいない。水琴も部活だ。ラインで母さんにメルとルミナリエに行ってくるので晩ご飯は要らないと伝え、僕らは電車で大阪に出る。新快速で神戸方面へ。元町駅まで行く。中華街で遅いお昼ご飯を食べ歩きする。
「随分と雰囲気の違う町だね!」
「この辺りは南京町と言って、日本の近くにある別の国を模して作られてるんだ」
ルミナリエが開催中ということもあって、この辺りも人がひしめき合っている。僕らははぐれないように手を繋いで、中華街を抜けた後は商店街でウィンドウショッピングする。
日が暮れて辺りが暗くなってきたところで旧居留地の方に向かう。人波に揉まれながら進むことしばし、夜の神戸を彩るイルミネーションが見えてきた。
「すごいすごいすごい! きれーい!」
目が痛くなるほどの電飾に彩られた町は確かに美しい。だけどそれを見てはしゃぐメルの横顔が一番綺麗だった。
東遊園地に到着すると、人波に揉まれるようなこともなくなり、僕らは一息吐く。
「綺麗だったけど、人が多すぎるねー」
「開催最後の土曜日だって言うこともあるだろうけどね」
「でもすっごい綺麗だった。こんなの初めて見たよ。ひーくん、連れてきてくれてありがとう!」
「そう言ってもらえると連れてきた甲斐があるよ」
時間が遅くなったこともあって僕らは三ノ宮駅から電車に乗って奈良に向かう。なんとか座席を確保して電車に揺られているうちに、メルは疲れたのか僕の肩に頭を預けて寝息を立て始めた。
こんななんでもないことに幸せを感じる。
ああ、そうか。
僕は今更ながらに気が付いた。
僕はメルが好きなんだって。
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