第26話 日常へ帰ったことにしよう

 食事を終えて家に帰ってきた僕は、充電の終わったスマホの電源を入れた。電波を拾った途端にスマホは振動を繰り返し、山ほどの通知が表示される。着信履歴もメールも数百件だ。


 着信のほとんどは家族からのもので、メールは大体が広告メールだ。削除するのも面倒くさくてとりあえず放置する。LINEの通知も何十件かある。ほとんどは家族だが、檜山たちからのメッセージもある。既読を付けるのも面倒くさくて放置した。


 スマホゲームを立ち上げるとバージョンアップのでかいダウンロードが入る。1ヶ月もログインしていなかったのだから当然だろう。当たり前だが連続ログインボーナスも途切れてしまった。なんだかやる気が無くなるな。


 それより体がなんだかムズムズする。今日はあまり運動をしていないからだろう。メルの部屋から橿原ダンジョンの第3層に転移して、そこから第1層までモンスターを倒しながら進んだくらいだ。


「ちょっと辺りをジョギングしてくる」


「ええっ!? アンタが!?」


 母さんに驚かれつつ、学校指定のジャージに着替えてランニングシューズを履いて家を出た。住宅街から大通りに出て、近所の遺跡のある辺りまで走って、別のルートで帰ってくる。


 所要時間は2時間くらいだろうか。メルに追い立てられるのに比べ、ゆっくりなペースで走ったので軽く息切れをしているくらいだ。


「おかえり。お風呂はアンタで最後よ」


「分かった。ありがとう」


 僕は風呂に入り、自室に戻る。時間は夜の21時半くらいだ。日本では夜はまだまだこれから、という時間だが、アーリアではかなり遅い時間だと言えるだろう。


 部屋に鍵が無いことがちょっとした不安要素だが、僕はキャラクターデータコンバートと念じ、アーリアのメルの部屋へと転移した。室内は暗く、ベッドを見るとメルが寝ているのが見える。起こすのも悪いと思った僕はすぐに日本に戻ってきた。


 うーん、こうして考えると転移元をメルの部屋にしたのは失敗だったかも知れない。女の子の部屋に不意に転移してくる男という構図は、倫理的にあまりよろしく無いのではないだろうか?


 僕もトリエラさんの宿を月借りして部屋を確保するべきなのだろうが、ショートソードを買ったこともあって先立つものが無い。とりあえずしばらくはメルの部屋を借りるしかないだろう。


 そして翌日、仕事を休んだ母さんに連れられて僕は学校へと向かった。県立の公立高校で偏差値は50ちょいくらい。あんまり頭の良い学校とは言えない。

 母さんが付いてきたのは休学の取り消しの手続きがあるからだそうだ。僕は制服を着てきたが、ちゃんと登校するのは明日から、ということになる。


 授業が行われている時間の学校に到着して、事務室で手続きを行う。


「1ヶ月間、何処かで勉強をされていたということは一切無いんですね?」


 やはり心配されたのは勉強の遅れだ。1ヶ月分丸々授業を休んでいた僕は、そのままクラスで授業を受けても付いていけないだろう。


「しばらくは放課後に補習を受けてもらって追いついていくしかないでしょう」


 幸い僕は部活に加入していない。放課後に時間はある。付き合わされることになる先生方には悪いけれど、運が悪かったと諦めてもらう他にない。


 こうして僕は日常に戻っていくのだった。

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