閑話 斉藤京子の見解
20時過ぎ、ダンジョン管理局奈良支部の自分のデスクで斉藤京子はノートパソコンを相手に今日の報告書をまとめる作業をしていた。
Missing in Dungeon、つまり
柊和也の場合は同級生の証言もあり、早期にMIDが宣言されたが、宣言が早すぎたのではないかと各種団体から突き上げを食らうのは目に見えていた。ダンジョン管理局としてはこれが例外的に発生したのか、今後とも発生しうる事象なのか、早期に決断することを求められていた。
そのため担当となった斉藤京子には一刻も早く報告書を上げるように上司から命令が下っている。
現在のところダンジョン管理局が把握しているのは、柊和也が9月11日にミミックによって丸呑みにされたということと、10月13日に無事にダンジョンから出てきたということだけだ。
ミミックに丸呑みにされると時間を跳躍する。
柊和也から得た証言を元に報告書を作成すればそういうことになる。斉藤京子としてもそう報告書を作成する以外に無い。だがどうしても違和感が付き纏う。何かスッキリしないのだ。
ダンジョンの入退場を管理する改札は探索者証と顔認証によって管理されているが、顔画像の記録は残らない。入退場者の画像を記録して残すことについて人権団体から批判を受けたためだ。
それ故に9月11日に橿原ダンジョンに入場した時の柊和也がどんな感じだったのかを画像で知ることはできない。それはつまり本日会った柊和也と見比べることができないということだ。
柊和也の証言が正しければ、差違は見つからないはずだ。だが確認ができない。
喉の奥に小骨が引っかかったような微妙な不快感がある。個人的な、本当に個人的な勘を言葉にしていいのであれば、柊和也はなんらかの虚偽を述べていると感じる。嘘を吐いている。
これが経験豊かな刑事とかであれば、これこれどうこうだから嘘を吐いているんだ、と言語化できたかもしれない。しかしまだ若い斉藤京子にはそこまでの人生経験は無かった。ただ男に騙される時のような嫌な感じがこびりついている。
「あれ、なんかお兄ちゃん雰囲気変わった?」
と、柊和也の妹はそう言った。斉藤京子は覚えている。間違いなくそう言った。家族であれば感じられるような違和感が柊和也にはあった、ということになる。
だがその一方で柊和也が嘘を吐いているのだとすれば、ダンジョン内で1ヶ月を生き延びる手段があるということになる。
ダンジョン内のモンスターは死体を残さない。残るのは魔石だけだ。水も食料も得られない。
方法があるとすれば通りかかった探索者を襲って水と食料を奪うことくらいだが、そのような報告があるわけでもない。そんなに沢山のMIDが出ているということもない。
柊和也がダンジョン内で1ヶ月を生き延びたということはありえない。そうであれば彼の証言通り、時間が跳んだのだとするのが一番しっくりくる。
しっくりしすぎているのだ。
明らかな異常事態なのに、こういうことだと答えを最初から提示されている。
斉藤京子は橿原ダンジョンの改札から受け取った映像データを早送りで再生する。24時間に限って監視カメラの映像は残っている。今日、ダンジョンから出てきた柊和也の様子を見ることはできる。
落ち着きすぎている。と斉藤京子は思った。
ミミックに丸呑みにされて、次の瞬間に仲間もミミックも消え去って、そこから必死にポータルを目指したのだとすれば、もっと焦りなり、安堵なりがあるはずだ。柊和也はあまりにもフラットだった。
改札が閉まって閉め出されたときも、まるでそうなると分かっていたかのように落ち着いている。
そして斉藤京子は映像を何度も見返しているうちに気が付いたことがあった。映像を拡大する。柊和也が腰に提げている剣だ。映像から画像を切り出して、剣の柄の部分を解析する。
現代日本において刀剣の類いは工場で大量生産されている。機械によって生産されるそれは機能的で、完成されている。左右で歪みなど生じない。だが柊和也が腰に提げた剣の柄部分には歪みがあった。左右が微妙に異なっている。完全に一致しない。
監視カメラからの映像ということで歪みが生じている可能性もある。斉藤京子は額に手を当てて記憶を呼び起こそうと必死になった。自分は柊和也の剣について違和感を覚えただろうか?
やけに古めかしい剣だな、とは思った。第3層に挑む探索者が使っているとは思えないくらいに使い込まれている、と。親や先輩から譲り受けた可能性もあるため、古い剣を使っていること自体は不思議では無い。
ただ映像から確認できる限り、この剣は出回っている大量生産品とは違っている。
だがそれがどうしたというのだ。
ミミックでは無い普通の宝箱からは武器や防具が出てくることもある。一点物が存在すること自体は珍しくもなんともない。そうして出現した剣が回り回って柊和也の手にあったのだろう。
斉藤京子は柊和也が同級生たちからどのような扱いを受けているかについては知らなかった。だから剣について違和感を覚えても、剣を持っていること自体がおかしいのだということには気付けなかった。もし入場時の画像データが残っていれば、柊和也が剣など帯びていなかったということが分かっただろう。
結局のところ斉藤京子は自分の違和感を飲み込んだ。上司からは早く報告書を上げるように急かされており、時間が跳んだとする説明が一番筋が通っていたからだ。
こうして柊和也の件はミミックによって丸呑みにされると時間を跳躍する可能性があるという間違った報告書がダンジョン管理局に残ることになった。この報告書に基づいてダンジョン管理局から依頼を受けた探索者がミミックを相手に様々な実験を行うのだが、すべて空振りに終わることになる。
こうしてダンジョン管理局は柊和也の身に起きた事象をなんらかの例外的な事象だと断定。MIDの基準こそ見直されることにはなったが、それ以外は何事も変わらない。
すべてを知っているはずの運営は、なんのアナウンスも行わなかった。
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