第13話 仕事を紹介してもらおう

 小さく控えめなノックの音がして僕は目覚めた。部屋は薄暗く、窓から漏れる光は弱々しい。筋肉痛を訴える体を無理矢理起こして窓を押し開けると、暁に染まる空が見えた。


「ひーくん、起きてー」


 メルの声だ。こんな早朝から何の用だろう。朝は起こしに行くと言われていたが、こんなに朝早くだとは思わなかった。


「楽しいランニングの時間だよー」


「ひぃっ」


 思わず悲鳴が口から漏れた。体中は筋肉痛で、特に足のそれが酷い。


「起きてるねー。はーやーくーあーけーてー」


 声は静かに抑えられているが、圧が凄い。正直なところ横になっていたいが、そうすると後が怖そうだ。僕はよろよろと起き出して、扉の鍵を開けた。


「おっそーい」


「まだ太陽も昇っていないよ」


「暑くなる前に走っておくんだよ」


「暑くても走らせるくせに」


「小銭と鍵と滞在許可証だけ持っていく。はい。しゅっぱーつ」


 僕の文句を完全に無視して、メルは僕を急かす。


 早朝のアーリアは当然ながら人影は少ない。広々とした目抜き通りを僕らは並んで走る。昨日のように背中を押してくるわけではないようだ。そうされたら転ぶ自信があったけれど。


「この辺りは職人街だね。表通りは商店だけど、裏に入ると職人たちの工房が建ち並んでるよ」


 筋肉痛で足をもつれさせながらも必死に走る僕と同じペースで走りながら、メルは町の案内ができるほどに余裕だ。レベルの恩恵という部分もあるだろうが、単純に走り慣れているという気がする。


「メルは、毎日、走って、るの?」


「雨の日以外はね。冒険者は体が一番の基本だから、ちゃんと鍛えておかないと」


 流石、本職を目指す人は意識が違う。


 その時、遠くから鐘の音が聞こえてきた。それに呼応するように町のあちこちから鐘が鳴らされる。


「これは?」


「朝を知らせる鐘だよ。市場には間に合わなかったかぁ」


 それからちょっとして僕らはアーリアの町の市場に辿り着いた。まだ太陽が昇ったばかりの時間だというのに、多くの人が買い物に興じている。


「ここで朝ご飯にしよ」


 メルに促されるまま屋台のひとつに並び、銅貨3枚を支払ってナンのようなものに野菜とハムとチーズを挟んだものを購入する。サンドイッチのようなものだろう。一口囓ると、日本の食パンに挟んだサンドイッチとは食感がかなり異なるが、美味いことは美味い。


「んー、今日も美味しい」


 メルも満足げだ。


 オレンジのような果実を搾ったジュースが銅貨2枚。結局朝食でも銅貨5枚を使った計算になる。


「ねえ、メル。今日は酒場の仕事は?」


「あるよ。だからひーくんにも仕事を紹介しようと思います」


「それは酒場で?」


「ううん。ひーくんの場合、体を鍛えられるところで働いたほうが身になるよ」


 メルはにっこりと笑ったが、僕はまだ体を酷使するのかと愕然とした。

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