#04 まさか、バイ・セクシャル?

 その日の夕刻。


「さてと、コーヒーでも飲もっと」

 オフィス入口付近脇に設置されたコーヒーメーカーの前で、カップを手にしながら、次々と戻って来た同僚達を迎え入れる。

「お疲れ様!」

「メールさんきゅ。あ、俺にもよろしく」

「はいはい……」

 改めて、彼は、真部裕樹まなべひろきくん。大学で知り合って以来、頼れる同僚の一人。

 人懐っこい性格で、中村さんに引けを取らないくらいの仕事人間である。

 切れ長の目といい、長い脚といい、黒髪ベリーショートヘアといい。モデルにでもなったほうが良いんじゃないか?と、思うほどの容姿に、思わず見惚れる女性も多い。

 しかし、当の本人は色気より食い気みたいで、これまでに何人もの告白を断わり続けているらしい。以前、付き合っていた女性がいたらしいのだが、未だに独りでいるという珍しい男である。

「久々に興奮したよ」

 裕樹くんは、私からコーヒーを受け取ると、屈託なく微笑んだ。

「私も、初めて読んだ時は興奮しっぱなしだったよ。いつか、自分も携わりたいって思った」

「そうだな。その為にも、もっと知性を磨かないと」

「あはは、そうだね……」

 彼の呟いた一言が、ずしーんと肩に圧し掛かる。


(知性か。今の私に一番足りないものだ……)


 カップに付いたリップの朱色を手で擦りながら、そんなことを考えていた。その時、「足痛ぁい」と、言って上着を腕に掛けたまま、ありさが疲れ果てたような顔で戻って来た。

「お帰り。大丈夫?」

「線路に人が立ち入ったとかで、電車が止まっちゃってね。タクシーもつかまらなくて、仕方がないから二駅分歩いたりしたのよね」

 私は、そんな彼女を横目に、裕樹くんと顔を見合わせながら苦笑すると、急いでコーヒーを用意して、ぐったりとすぐ側にあるテーブル席に座り込む彼女に、コーヒーを手渡した。

 この、『出来る女』風の彼女は、上原ありさ。中学時代からの友人で、親同士も仲が良いことから、家族ぐるみでのお付き合いが、もう何年も続いている。

 私と違って頭の回転が速く、サラサラロングヘアに綺麗な二重瞼がとても印象的で、何事も腹に溜めないタイプ。この職種を目指すようになってからは、お互いの士気を高め合いながら過ごしてきた。

「今日は天気が悪くて肌寒かったから、特に疲れたわ」

 ありさは溜息をつきながらコーヒーを一口飲み、今度は安堵の息を漏らした。すると、そんな彼女を見て、裕樹くんが少し呆れたようにぽつりと呟く。

「日頃の行いが悪いからじゃないか?」

「え、なぁに? 聴こえなぁ~い」


(また始まるのかな……)


 裕樹くんからの挑発に、ありさが堂々と受けて立つ。それが切っ掛けで、いつものバトルが始まってしまった。

 どちらからともなく、相手の批判をし合うことが多いこの二人。

『歳だからな』と、言い放つ裕樹くんに、『同い年のあんたに言われたくなぁーい』と、言い返すありさ。そんな二人の間で私は、毎度の事ながら仲裁に入る。

「まぁまぁ、もうそのへんで……なんか二人とも、何気に相性良いんじゃないかな」

「「はぁ?!」」

 私の呟いた一言に、二人が同時に振り返る。

「良い訳ないでしょ!」

「良い訳ないだろ!」


(見事なシンクロ……)


 そしてまた、同時に言い返してくる二人を交互に見遣り、私はそのテンポの良さに苦笑した。

「いつも思ってたんだけど、ケンカするほどっていうもんね」

 そう言って、私がにんまりとした微笑みを見せると、ありさは念を押すように裕樹くんとの仲を否定し、「トイレへ行ってくる」と、言い残して足早にオフィスを後にした。

「何度も言うが、俺はああいう女が一番苦手だ……」

 裕樹くんは、ありさが去っていった方を見つめながら、呆れたように呟いて、コーヒーを飲み干した。

「じゃあ、どんな女性がタイプなの?」

「え?」

 私からの問いかけに、裕樹くんは一瞬固まって、

「また、お前……いきなり何言ってんだよ……」

 そう言って、笑顔を引き攣らせる。

「いやぁ、やっぱ疑問だったからね。中村さんに彼女がいないのもびっくりだけど、なんで、裕樹くんほどのイケメンがずっと独りなのかな~って」

「………」


 裕樹くんは、少し怒ったように顔を歪めると、私から目を逸らし黙り込んだ。


(も、もしや……男が好きだったりして……)


「まさか、女性に興味が無いってことはないよね?」

「……じつは」

「え、ほんとに?!」

 裕樹くんは、驚愕する私を見下ろし、「中村さんっていいよな」と、呟いた。

「まぁ、なんていうか。個人的には、同性同士のラブラブに賛成派なんだけど……中村さんは相手にしてくれないと思うよ、絶対!」

「分からないぞ、あの人なら」

「うっ……」

 今度は、色っぽく瞳を細めながら、私との距離を縮めて来る。


(え、裕樹くんってそっちだったの? でも、いくら中村さんだって男同士は……)


 などと、思いつつ。

 脳内で2人のアブナイ関係を想像し、一瞬だけれどニヤケそうになるのを堪えた。

 次の瞬間、

「なんてな」

「え……?」

「んなわけないだろ」

 呆れ顔の裕樹くんを見ながら、私は内心ホッと胸を撫で下ろしたのだった。

「裕樹くんさ、モデルか俳優にでもなったら?顔だって人気俳優並に良いんだし。今、騙されかけたし」

「冗談じゃねーよ、芸能人なんて。あの世界は、俺たちが考えてるほど華やかじゃない。あの人達はみんな、人知れず苦労してんだからさ」

「まぁ、そうなんだけどね」

 と、そんな話で盛り上がっていた。その時、少し離れたエレベーターのドアが開き、中村さんが出てくるのを見とめる。

 中村さんは、自分のデスクへ着くと、鞄を足元に忍ばせ、真っ先にPCと向き合った。

「無駄話はここまでだな」

「うん」

 私達も、それぞれ自分のデスクへ戻り、さっきまでの続きを片付けようとして…


(そうだ、コーヒー飲むかな?聞いてみよう……)


 また立ち上がり、中村さんにもいつものように尋ねる。

「あの、コーヒー飲まれますか?」

「くれ」

「はいっ」

 PC画面に目を向けたままボソッと呟く中村さんに頷いて、私はすぐにコーヒーにビターチョコレートを添えたものを用意して来て、そっと机上に置いた。

「お待たせしました」

「ああ」

 その真剣な横顔を見つめ、私もまた感化されながら、負けじと自分の仕事に取り掛かったのだった。



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