Hiroki and Arisa
#05 素直になろうよ
BAR MIRA
PM 7:38
仕事終わり。久しぶりに、ありさから声をかけられ、今夜もまた、『MIRA』を訪れている。
いつものカウンター席に座り込み、お互いに今日一日を労い合った。
「ふぃ~、今日は本当に疲れた……」
と、ありさがテーブルに半ば塞ぎ込むようにして言う。
そんな彼女とメニューを見つつ、カウンター前にやってきた、新しくメンバーになったであろう男性に少し躊躇いながらも、お気に入りのカクテルと、ちょっとした食事を注文した。
(今夜は斉藤さん、居ないのか)
昨夜、中村さんと訪れた際、斉藤さんはメンバーが増えたから、時間が取れるようになった。と、言っていた。
だからかな?斉藤さんがいないのは。と、そんなことを考えていた私の左隣、ありさがポツリと呟いた。
「じつはさぁ……」
その少し甘えたような口調で、私はすぐにピーンと来た。何か愚痴りたいことがあるか、あるいは悩み事がある時だ。
「お待たせしました」
前にそっと置かれたカクテルグラスを手に、無言で軽くぶつけ合い、それぞれ口にする。
「あのね」
ありさは、グラスをソーサーに戻すと、少し躊躇いながら静かに口を開いた。
「今までは、違うと思っていたんだけど……」
「うん」
「あたし、裕樹のこと……なんか意識してるみたいなんだよね」
そう言って、ありさはカクテルを飲み干した。私は、お代わりを頼む彼女に苦笑したまま続きを促す。
「それで?」
「驚かないんだ」
「だって、ずっとお似合いだなーって思ってたからね」
「ああいう男が一番苦手だったはずなんだけど、気が付いたら会いたくなってるというか……」
久しぶりに、ありさの素直な想いを聞いて、勝手ながら、裕樹くんもありさに対して同じ気持ちなのかもしれない。と、いう結論に至り、午後に裕樹くんと話していた内容を彼女にも話して聞かせることにした。
「だからね、裕樹くんも、ありさと同じ気持ちでいてくれたとしたら……」
「それは無いと思うんだよね」
「まぁ、こればかりは本人に聞いてみないと分からないことだけど」
───カランッ。
ドアの開く音と共にそちらを見やり、思わず二人で驚愕の声を漏らす。
「いたのか、お前ら……」
何故なら、今まで話題にしていた張本人が現れたからだ。
裕樹くんは呆気に取られたままの私の隣席に腰掛けると、ビールを頼み、いつもの黒いデイバッグを足元のメッシュワゴンに置いて、ちょうど運ばれてきたフィッシュ&チップスに手を伸ばし始めた。
「これ、食っていい?」
「どうぞ。ていうか、裕樹くん帰ったんじゃなかったの?」
「なんか家でコンビニ弁当も飽きたから、ここで一杯飲んでからって思ってさ」
そう言って、裕樹くんは苦笑した。
二人に挟まれた私はというと、やって来た生ビールを半分くらい飲み、レモンを絞ってタルタルソースを付け、フィッシュ&チップスを美味しそうに食べる裕樹くんと、複雑そうな表情のありさに、「改めて、お疲れ様!」と、声をかけた。
両方から気の無い返事をされつつも、笑顔でこの場をどう乗り切ろうか考えていた。その時、裕樹くんが辺りを見回しながら呟いた。
「今夜は斉藤さんいないんだな」
「斉藤さんっていえば、今日のお昼頃に偶然コンビニの前で見かけてね」
私が、斉藤さんと見知らぬ男性に会った時の話をすると、裕樹くんは、デイバッグの中からおもむろにスマホを取り出し、画面を見つめながら、微かに眉間に皺を寄せた。
「そっか。今日は、あの人の……」
「え、あの人って?」
私とありさの視線を受けながら、裕樹くんは困ったような顔で「何でもない」と、返答した。
裕樹くんは、斉藤さんと仲が良くて、よくみんなでここを訪れた際、斉藤さんと話をしていることのほうが多かった。
きっと、裕樹くんならば、斉藤さんが何故ここのオーナーになったのか知っているかもしれない。でも、それは裕樹くんから聞くことでは無い気がした。
何気なく、二人を交互に見やった結果、
「裕樹くん、今付き合っている人とかいるの?」
「はぁ?!」
以前から、何回か尋ねたことがあったこの質問。今回の裕樹くんの反応は、これまでとは異なっているような気がした。そして、直ぐにまた、同時に両側から呆れたような視線を受ける。
「お前、いつも唐突過ぎるんだよな。そういうこと、さらっと聞くなよ」
「昼間は、はぐらかされた感じだったけど、本当のところはどうなの?」
「お、俺は……その、今は仕事を優先したいから。そんなのいるわけないだろ」
「そっか、いないのかぁー」
言いながら、左足でありさの右脚辺りを軽く突いてみる。と、ありさはふくれっ面をしながらも、少し嬉しそうな表情を浮かべた。
(やっぱ、今回もいないのかぁ……)
「俺のことはいいって。お前らこそ、二人で何を話してたんだ?」
「ありさがね、好きな人が出来たらしくてね」
「え?!!」
裕樹くんの驚愕の声。それと同時に、今度はありさから左脚を蹴り上げられる。
「いっ!」
(……ったぁぁい)
「それ、マジか?」
「ま、まぁね……」
背を丸めて痛がる私の頭上、二人の視線が交じり合っている、はずだ。私が涙目になりながらも、その場を見守っていると───
「その、好きな奴って?」
「
「……そうだな」
さっきとは違う、重苦しい空気が漂い始めた。
(ありさも、素直じゃないからなぁ……)
長い沈黙。
私は、何となくこの場にいない方が良い気がして、ありさにそっと耳打ちをした。次いで、戸惑う二人に満面の笑顔を残して、早めの帰宅をしたのだった。
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