第14話
「ふぅ……隣、座るわね、よいしょっ……」
自分様に購入したペットボトルのカフェオレを持ったまま、九重花志鶴は長峡仁衛に座ろうとすると、背凭れに手を掛けたまま胸を張ってしまう。するとプツン、と音を鳴らして硬いモノが飛び散った。
「……っと」
長峡仁衛は抑え込んでいた柔らかく弾力があり丸みを帯びた豊満な女性らしい肉付きをした胸部を見て、一瞬でボタンが弾けたのだと理解した。
(シャツのボタンが弾けたっ)
そしてそれは九重花志鶴の胸元にあったボタン。
彼女の豊満の胸によって圧迫されたシャツが耐え切れずにボタンの紐が緩んでちぎれてしまったらしい。
「あら、ボタンの紐、限界だったかしら、よいしょ……」
ボタンを取ろうとして前屈みになった時。
ぎち、と音が鳴ってスカートがズレ落ちた。
「っ!?」
黒いタイツ越し、黒い下着がくっきりと見える。
長峡仁衛は呆然と彼女の姿に釘付けだった。
(スカートのチャックが壊れッ)
九重花志鶴はスカートが落ちた事実を理解して、理解した上でボタンを拾うと、ゆっくりとスカートを上げてチャック部分を片手で掴みながら長峡仁衛の所に向かう。
「もう、失礼なスカートね。これじゃあ私が太ってるみたいじゃない……カフェオレもあげるわ」
九重花志鶴は長峡仁衛にペットボトルのカフェオレを与える。
スカートのチャックが破損した事は多少なりの感情が混じるが、異性に下着を直視された事自体は気にしてない様子だ。
その証拠に平然とした様子の九重花志鶴には余裕が伺える。
「あ、ありがとうございます……」
長峡仁衛は九重花志鶴の顔をうまく見る事が出来なかった。
カフェオレを渡して、空いてしまった手を、長峡仁衛に向ける九重花志鶴。
「代わりにベルト頂戴。スカート、固定するから」
「あ……はい」
言われた通りに、長峡仁衛はベルトを外して九重花志鶴に渡す。
これで歩く時にズボンがズレてしまうが、この場合は仕方が無いだろう。
「ん、しょ、これで良いわ」
ベルトでスカートを固定した九重花志鶴。
若干、チャックが壊れる前のスカートよりも短くなっていて、太腿の奥から覗く彼女の滑らかな布地をした三角部分が、揺れ動く度に見えてしまう。
目のやり場に困るので取り合えず目を背ける。
九重花志鶴はそんな反応を見て楽しんでいる。
軽く回ってスカートをヒラヒラさせて、長峡仁衛の反応が変化しなくなるとそこでようやく長峡仁衛の隣に座る。
隣同士座る長峡仁衛と九重花志鶴。
「……さて、仁。何が聞きたいのかしら?」
そう言って長峡仁衛に顔を向ける。
アイスを食べていた長峡仁衛は首を傾げた。
「え?俺が?……なにも、ですけど」
『暇だから付き合ってほしい。』
そう言われたからこうして付き合っているに過ぎない。
自分から何か質問がある為に呼んだワケでは無かった。
「えぇ、そうね。確かそう言った、気がするわ」
それは九重花志鶴も覚えているらしい。
ならば何故そんな質問をしたのか、余計理解が難くなる。
「え、えぇ……なんですかそれ?」
アイスを齧ろうとした瞬間。
九重花志鶴の柔らかな指先が長峡仁衛の頬に触れた。
彼女の行動に長峡仁衛はびくりと体を震わせる。
そしてその振動によってアイスが零れてしまい、そのアイスに目を向けようとしても、九重花志鶴が手で頬に触れている為に動かす事が出来なかった。
ただ、九重花志鶴の艶めかしい視線が長峡仁衛を見つめている。
「二人きりの時間が欲しかっただけですもの。理由なんてなんでも良いでしょう?」
そう言って長峡仁衛に近づく。
「え、それっ……ッ!」
長峡仁衛は体を動かしてその場から離れようとするが、ベンチからズレてしまってそのまま落ちてしまう。頬に触れる九重花志鶴も同じように、長峡仁衛と共に倒れた。
(あ、姉さんが、上にッ)
そして、長峡仁衛が下に、九重花志鶴が上に跨っている。
彼女の顔が近い、顔が良いからか余計に心臓の音が跳ね上がる。
薄桜色の唇が開かれて、真っ白な歯の奥から桃色の舌先が見えた。
「……ねぇ、仁。私はね……ずっと、この瞬間を待ってたの……二人きりになれる、この瞬間を」
長峡仁衛は喉を鳴らす。
落ち着く為にその場から逃れようとしても、九重花志鶴が乗っかっているから逃れる事が出来ない。無理矢理藻掻けば抜け出されるかも知れないが、しかしそうすれば彼女がバランスを崩して倒れてしまう恐れがある。
だから長峡仁衛は何も出来ずそのまま彼女の為のカーペットになる他無かった。
「な、なに、を……」
彼女の言葉、一言一句が長峡仁衛を虜にさせてしまう。
魅惑的な吐息が混じる声色は男心を擽らせる心の愛撫だ。
「なにって……決まってるでしょう?……他人に聞かれたくないもの……ねぇ、仁……」
そう言って、九重花志鶴がゆっくりと長峡仁衛の顔に近づいてくる。
「ね、姉さん―――ッ」
恥ずかしいからか、長峡仁衛は目を瞑る。
この先何が起こっても不可抗力。そう長峡仁衛は全ての権利を丸投げした。
上に跨る九重花志鶴の尻が上がると、じぃ、と、チャックが引かれる音が響いた。
モゾモゾと、彼女が動いている。何をしているのか。
長峡仁衛は、ゆっくりと目を開く。
「――――っ。………?」
財布だ。
九重花志鶴は自分の財布を持っている。
そして、長峡仁衛に向けて手を伸ばしていた。
「こないだ貸した三万円、返してちょうだい」
そんな言葉が響いて長峡仁衛は狼狽した。
「え?」
「こういう話、あまり他の人に聞かれたくないでしょう?あの長峡仁衛が人にお金を借りてたなんて」
「え、え……な、なに、を」
意味が分からない。
これから何か事が始まりそうであったのに。
何故、今はお金の催促をされているのだろうか、と。
九重花志鶴は上に跨りながら顎に手を添える。
「記憶を失う前の貴方、私からお金を借りる様な人だったのよ?まあ、思い出したくないのも分かるけど……」
彼女の言葉に、長峡仁衛は少しだけ考える。
そして、もしもの可能性を彼女に言ってみた。
「……それ、記憶が無いから、勝手に作ってる話じゃないんですか?」
暫くの沈黙。
破るのは言葉をどもらせる九重花志鶴だった。
「………そ、そんなワケないじゃない」
冷や汗が流れ出す。
視線が此処で初めて噛み合ってない事に長峡仁衛は気が付いた。
「何で目が泳いでるんですか……?ちょっと、こっち向いて下さいよっ」
そう言って無理に立とうとする長峡仁衛。
彼女が倒れて頭を何処かにぶつけない様に彼女の上腕に両手を添えて支えながら体を起こすが。
「きゃ、きゃあ!仁のすけこましっ!ズボンを脱いで何しようって言うのっ!?」
立ち上がった末に両手が九重花志鶴の腕に付いている為に、ズボンがそのまま脱げて長峡仁衛の下着が伺える。
黒と赤いラインの入ったボクサーパンツ。記憶を失う前の長峡仁衛はかなり鍛え抜かれていたのだろう。太腿は硬く、臀部は引き締まっていた。
「ちょ、ベルトが無いからズレるだけですよっ!やめてくださいそんな言いがかり!!」
きゃあ、と言っておきながら、九重花志鶴の表情は無だった。
心の底から嫌がっている様子ではなく、面白がっている。そして、長峡仁衛の背中に手を回して体重を後ろに反らした。
そしてそのまま、長峡仁衛と九重花志鶴は倒れる。
今度は、九重花志鶴が下に、長峡仁衛が上に跨る様なカタチでだ。
「どうしたじんちゃんっ!姉御になんかされたかっ!?」
倒れる音と悲鳴を聞いて、隣の部屋に居た永犬丸詩游がやって来る。
そしてその惨状を目にして絶句した。
「あっ」
「きゃあ、大胆ね。人前でボタンを無理矢理剥がすなんて……」
ボタンが取れて黒の下着と谷間が見える九重花志鶴。
その上にズボンを下ろして乗っかる長峡仁衛は、まさに彼女を襲おうとしている様な姿だった。
「……じんちゃーん?」
白々と永犬丸詩游の冷めた瞳が長峡仁衛を貫く。
永犬丸詩游と九重花志鶴を交互に見て、なにか言葉を口にしようとして、狼狽えながら長峡仁衛は叫んだ。
「いや、違ッ」
身の潔白を証明させる為に口を開いたが、それを証明するよりも先に永犬丸詩游が扉を閉めた。
「このすけこましっ!お幸せにっ!!」
ツタタ、と廊下を駆けてその場から去る永犬丸詩游。
それを見つめて、長峡仁衛はズボンを握り締めながら長峡仁衛は廊下へと顔を出した。
「ちょ、違う永犬丸っ!戻って来てくれぇ!!」
あらぬ誤解を受けた長峡仁衛。
近くに居た永犬丸志鶴は胸元を手で隠しながら言う。
「結構大胆ね仁。ドキドキしたわ」
全然ドキドキしてない様子で九重花志鶴は言うのだった。
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