第11話
食事を終えてゆっくりとする三人。
祝子川夜々はせっせと三人の為に食後のお茶を用意してくれている。
「じんさん。今日の予定ですが」
ぱさりと銀鏡小綿が手帳を確認した。
手帳のタイトルは「じんさん用」と書かれている。
自分以外にも管理をしているのが居るのかと長峡仁衛は思った。
「当たり前の様に予定を把握してるんだな」
永犬丸詩游は食後のお茶をふぅふぅと息を吐いて冷ましながら飲んでいる。
「本日は午前より体術訓練があります。が、現在肉体を駆使するのは危険と判断します。なので本日の体術訓練はお休みとしますがよろしいですか?」
そう銀鏡小綿が言う。
本来ならば長峡仁衛が事故を受ける前のスケジュールが書かれているのだろう。
しかし記憶を失った今、長峡仁衛が記憶を失う前の長峡仁衛と同じスケジュールをこなす事は難しいと思われる。だから銀鏡小綿は本日のスケジュールを変更しようとしていた。
「銀鏡が決めるのもアレだけどさ。まあボクも賛成だよ。今日は天気も良いし街にでも行こうよ長峡」
そう言って永犬丸詩游は長峡仁衛を誘う。
遊びに行く為の言葉ではあるが、彼の恰好を見るとデートの誘いの様に聞こえる。
「いえ、本日のじんさんの予定は母と一緒にショッピング、後にお昼寝を行い母が添い寝する様になってます」
デートの誘いの様に聞こえるが実際は母親の過保護過ぎるプランだった。
基本的に銀鏡小綿が四六時中付いて回る様な内容になっている。
「母親と言えばなんでもまかり通ると思うなよ?」
永犬丸詩游はそんな彼女に突っ込みを入れた。
銀鏡小綿は永犬丸詩游の言葉に耳を貸さないとしたが、長峡仁衛の流石にそれは……と言う視線に勘付いて咳ばらいをする。
「そうですね……」
軽く頷いて右手を自らの頬に当てポーズをとる。
悩ましい様子ながら、彼女はならば、と長峡仁衛の方に顔を向ける。
「では、じんさんに決めて貰いましょうか。切っても切れぬ関係である母を取るか、結局は赤の他人であるご学友を取るか……」
「いや言い方」
明らかに母親を選ばせる様な言い方に永犬丸詩游は呟く。
そして永犬丸詩游は長峡仁衛に顔を向けて目を光らせた。
まさかこんな自分勝手な母親よりも、大切な友人との時間を選ぶ筈だと言いたげに。
長峡仁衛はゆっくりとお茶を啜っていた。そして一息吐くと二人の視線に気が付く。
「……ん?あぁ、いや、あのさ。俺はこのまま、その体術訓練って奴、受けてみようと思う」
と、長峡仁衛は第三の答えを口にした。
銀鏡小綿は首を横に振って長峡仁衛の言葉を否定する。
「危険な行動です。母は許しません。じんさんは母と一緒にお昼寝するのです」
なんならお昼寝用の絵本も買ってますと言う銀鏡小綿。
それは最早長峡仁衛の精神年齢が低いと言う蔑みの様にも聞こえた。
「まあ銀鏡は置いといて……なんで訓練?」
永犬丸詩游は銀鏡小綿の言葉を無視して長峡仁衛に伺う。
「ん……いや。俺記憶がないからさ。早めに思い出したいんだ。……で、どうすれば良いのか考えると、日頃、自分がやってる事を反復すれば良いんじゃないか、って思って……体術訓練、って奴、俺何回もやってるんだろ?」
そう言うと銀鏡小綿は手帳を取り出す。
が、それを見る事無く明後日の方向を向きながら思考を張り巡らせた。
「……週に三回は行ってます」
そう答えた。
かなりの頻度で体術訓練を行っている。
ならば、と長峡仁衛は茶を啜って言う。
「なら……参加するよ。体を動かしたら何か思い出せるかも知れないし……」
そう言うと永犬丸詩游も茶を飲んで頷いた。
「まあ、じんちゃんがそう言うのなら、ボクも付き合うけどさ」
永犬丸詩游はそう言って長峡仁衛の意見を尊重した。
そして一緒に付いてくるらしい。かなり長峡仁衛の事がお気に入りらしい。
「……分かりました。では、じんさんが危険な目に遭わない様に母も同行します」
そして銀鏡小綿も同じように付いて行くと言った。
流石に自分の予定に二人を巻き込むのは、と思ったが。
「別に、俺に付いてこなくても良いんだけどな……まあ良いか」
二人がそうしたいのならばそれに合わせる事にした。
そうして、長峡仁衛は茶を飲み干すと立ち上がる。
「では今日の予定は何時も通りに……危険だと判断すれば即座に母が介入します」
そう言って銀鏡小綿も立ち上がった。
長峡仁衛が体術訓練を行うのならば、動きやすい服を持って来ようとしている。
「はは、……まあ、なるべく心配はさせない様に頑張るよ、……ご馳走様でした。祝子川さん」
そう言って長峡仁衛は台所で皿洗いをしている祝子川夜々に感謝の言葉を伝える。
それを聞いた祝子川夜々は水道の蛇口を捻って水を止めると、踏み台から降りて包み箱を持ってくる。
「はいっ!おそまつさまでしたっ!おにぎりを作りましたので、お昼にでも食べて下さいねっ!」
そう言って三人におにぎりを渡す。
それを受け取る長峡仁衛は少しだけ嬉しい感情が浮き上がった。
それは多分、彼女の優しさには無邪気さがある。その純粋に他人を想ってくれるのが、長峡仁衛にとって嬉しかったのだ。
「ありがとうございます。それじゃ、行くか」
そう言って長峡仁衛は食堂を出て行く。
暖簾を潜ると、銀鏡小綿がジャージを持っていた。
「どうぞじんさん」
そして銀鏡小綿は長峡仁衛のシャツのボタンに手を掛けた。
永犬丸詩游が見ている所でやめて欲しいと長峡仁衛は思った。
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