第21話 その女の顔は、一番クる

    


 だが、


「顔を見せる……というのは?」


 返ってきたのはおいてけぼりをくらったような騎士王の反応だった。エルフですら、可愛らしい顔を横に傾けている。


「あ、そっか……」


 それもそうだった。失念をしていた。

 ミタが「センチネル」という単語が分からずに解説を求めたように、彼らがミタの話が分からないのは当然だ。

 考えてみれば、配信、録画……映像、そのどれもが伝わらないだろう言葉だ。


「え、と。こっちの状況を向こうに伝える手法で」


「遠方の地の者との会話ができる魔道具という認識だったのだが?」


 おっと、ここは面接会場か?

 真面目モードの騎士王を前にして脳みそが空っぽになってしまった。語彙力よ、戻ってきてくれたまえ。


「会話もできるし……えーと、なんていうんだろうか。あ、写真って分かる? 写真! ピクチャッ!」


「それなら」「うん」


「じゃあ、これからするのは動く写真だ! 分かりやすく言うと……あれ、余計に分かりにくくなってないか? ってか、それ映像か。ぐあー!!」


 騎士王は不思議そうにしている。

 エルフさんも白湯をちびちびと飲みながらも、分かっていなさそう。


「あ……ええと、じゃあなんて説明を――ポコンッ――して――ポコンッ――あぁ! もう、とりあえず、オズが見たくてたまらないこの『ドミネーション』を使うってこと!――ポコンッ――その時に、向こう側の人とリアルタイムでー……映像を共有できるの!」


 ミタの言葉の後を追ってぶつぶつと呟く。

 この世界にはない言葉。初めて聞く魔道具。


「……うん。このまま聞いていても埒が明かないようだ。やってみせてくれ」


 身構えるように背もたれにもたれかかった。

 段々と騎士王が面接官に見えてきた。


「エルフさんは? ダイジョブそ?」


「うー……ん、うん」


「ちょっと、はげしめかもしれないけど」


「はげしめ?」


「ちょっとね……元気がいい人たちで」


「こういった魔道具を目にする機会なんてない。記録にも残せるかもしれないよ」


 騎士王の誘いに、エルフはコクリと頷いた。


「じゃあ」


 二人からの承諾を受けるとミタは「よぅし」ライブ配信を押して、手首の文字が揺らめいて長方形の画面を空間上に作り出す。

 配信を始めると、すぐさま閲覧のマークが二つ点いて、


「あ、まって音量調節が――」


『ミタさんありがとーーーー!!!! ってうわぁあぁぁぁぁぁぁっ!!! 本物のイケメンがいる!!!!!!!』


『きゃああああああああ! なにその、美少女!?!?? うわーーーーーーー、すごーーーーーーー…………――』


 尻すぼみで小さくなっていく大声と、静まりかえった食事処。


(くそ、間に合わなかった……っ!)


 周りからの刺すような視線を感じ、振り返ってぺこりと頭を下げた。


「あぇーっと。あはは……すみません」


 食事処もそれなりに喧噪状態ではあるのだが、参加した二人の大声は周りの環境音を貫いてしまった。

 普段の彼女たちはゲーム音にかき消されるような声で話す二人だ。個別に音量を調節をしていたことを忘れてしまっていた。


「ほんと、すみません……」


 ミタが咄嗟に音量調節を弄ったから問題にはならなかったが、マイクチェックワンツーくらいの余裕は欲しいトコロ。

 食事の邪魔をしやがって、喧しいな――そんな声を背中で受けながら、


「ごめん。声が大きいのは俺のミス……悪いヒトたちじゃあないんだ」


「驚いただけさ。元気がいいんだね」


「まぁ、すまん。……エルフさんも。もう大丈夫だから」


 一応の弁明。

 笑ってくれてはいるが、一瞬見えた瞳は『オズ』ではなく『騎士王』のものだった。

 得体のしれない魔道具をいじり、急に大声が聞こえたら攻撃されているのかと身構えるのは仕方がないといえばそう。


「じゃあ、仕切り直しということで……」


 完全にオフにしたボリュームを大きく上げていく。


『あれ、おーい。ミタさーん?』


『声聞こえてるのかな……』


「俺のミスで。でも、もういいよ」


 サッサッと手を動かして「会話を始めてくれ」とジェスチャーをしてみせる。

 それを受け、騎士王は机に肘をついた。まさに面接官ポーズだ。


「こちらの声も聞こえているのかい?」


「おう。声はもちろんのこと、眉の動きも、口の動きも。唯一届かないのは匂いくらいか」


「それは……」


 なんと、ここで騎士王が『ドミネーション』に向かって手を振ってしまった。

 当然、黄色い声が聞こえてきた。もう響き渡ることはない。


「君達は……えっと」


『あ、ココです!』


『じょにーです! イケメンだぁ』


『ちなみに、二人とも18歳です!』


 うわぁ、キツイ。

 知り合いが女の顔になるのが一番きつい。


「そうか! 僕よりも若い……ミタとはどういった関係かな」


『あ、絵を描いてるんです! 二人とも! ネットで仕事を募集して――』


「絵を……そうなんだね。それは、すごいことだ。ミタも絵を?」


「まーね。趣味ー……というか、仕事? というか。人の顔とかよく描いてたよ」


「それはいい話を聞いた。機会があれば僕のことも描いて欲しいな」


 ニコリと笑った騎士王。


「あ、あぁ。もちろん」


 わぁ、すごいイケメンだ。ヤバイ。どうしよ――語彙力をどこかに置いてきた『ココ』の声が聞こえて、素直に喜べぬまま適当に返事を返してしまった。


『エルフさん!』


「は、はいっ」


『シャンプーって何使ってます!?』


「しゃんぷ……? えと」


 助けて、とエルフの視線。


「石鹸、とか。体を綺麗にする〜、風呂とかにはいる時に使うやつ」


「気にしたことない……分からない」

 

 シャンプーを使わずにその髪質? え、うそ。

 信じられないものを見た時のように『じょにー』の声が引きつっている。


『ってか、ミタさん!』


「はいはい? 俺に質問?」


『そこって、もしかしてもしかすると冒険者ギルドってとこにいるんじゃないの!?』


「はぁ?」


 イケメンと美女を置いてミタに質問するあたり、この場所がかなり気になっているようだ。


『だって、異世界に行ったら奴隷と冒険者組合ってド定番の流れじゃん! だからさ、順当に定番を制覇してるのかなって』


「俺が冒険者になる訳ないでしょ? 危なっかしぃ……違うよ、違う違う」


 想像する冒険者組合は、もっと色々と金臭くて、人間臭い場所のような気がする。

 あくまで、イメージの話で、だが。


「冒険者ギルドって、とりあえずコルクボードに依頼書が貼られていて、美人の受付嬢がいて、テーブルで酒を飲んでる奴はヤバい奴か、めちゃめちゃ後でキーマンになる奴とかでしょ?」


『ゲームと漫画の読みすぎじゃない?』


「いや、みんなそういうイメージでしょーって」


 配信画面をクルクルとさせ、全方位を見せてみた。


『うわ、でも、なんかホントにそういう雰囲気ある!』


「でしょ。でも残念。コルクボードは無いし、美人受付嬢の代わりにいるのは強面女将だ」


『わ、あの鱗。リザードマン!? スクショスクショ。イラストの資料に……』


『え、なんのイラストの?』


『ゲームのキャラでドラゴン娘を描くの』


 大衆食堂兼冒険者ギルド支部みたいなのをどこかの小説で見た気がするが、ここはそういう場所ではなさそう。

 

「……ま、こんな感じかなぁ。ここはただの飯を食べれるところだよ。ギルドみたいにちょっと小汚くて、店主はデカくて、色んな種族の人や、髭もじゃが沢山いる感じー」


『確かに。日本じゃ見れない光景だ』


「他の国でも見れんでしょって」


『料理は? 日本のと比べてどう?』


「そりゃあ、日本の方が美味しいけど、ここも普通におい……し」


 久々の会話を楽しみながらくるくると配信画面を回して見せていると、騎士王とエルフの背後に佇む大きな影を見つけた。

 いや、見つけられてしまった。

 

「いっ?」


『あ』『あ』 


 ミタ達がピシッと凍りつくように固まったことで、エルフと騎士王も後ろを振り返り、あ、と同じように声を零した。


「そうかいそうかい。うちの料理は美味しくないかい……!」


 コメカミあたりに青筋が浮かび、口角が痙攣をしている。

 その人物はエプロン姿、仁王立ち、後ろに髪を束ねている……。 


「い、いやっ、美味しかったで――」


「問答無用! さっきから喧しかったんだ! 他の客の邪魔になるから出て行きなッ!!」


 三人は強面女将からつまみ出されたのであった。



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