第22話 耳障りなノイズのような入り方で

    


 異世界にまでやってきて散々怒られたミタは、とりあえず食事処で言った軽口を反省していた。


「あれは……冗談であっても失礼だったな」


 食事処で言っていいセリフとそうじゃないセリフがある。仲間内ならまだしも、少し声が大きかった。

 そして、大衆食堂から出てヴァルフリートと解散するまで続いた女性陣からの質問を思い出して、


「あれは、もっとなかったな」


「なにが、ですか?」


 思い出深い噴水に腰掛けていると、隣のエルフさんが外套で顔を隠しながら独り言を拾ってくれた。


「さっきのここから声が聞こえてきた二人のこと」


「あぁ……はい。そう、ですね……たしかに」


 エルフさんの顔色が悪くなるほどのレべチ具合。

 いい意味でも悪い意味でもみんなが同種オタクなんだと知れて安心したが、二人が気の毒だったのも正直なある。

 元はと言えば「なにか質問があれば答えるよ」と言い出した騎士王が悪いような気もする。


『エルフって下着着けてるんですか?』

『彼女いますか!?』

『何食べたらそんなイケメンになるんですか!?』

『いい香りしそうですね!』

『肌とか髪のケアって何してるんですか!?』

『笑顔で人を殺したことがありますか!?』

『完璧に見えるんですけど、何か欠点とかってないんですか?』


 波涛のように押し寄せる質問にさすがにたじたじで、終始愛想笑いを浮かべていた……。

 こまったなぁ……なんて呟けば女性陣二人の黄色い歓声が飛び。

 オタクさん……って涙目で助けを求めようものなら「私のことを呼んだ!」と大騒ぎ。

 赤ん坊が「うぁうぁ」と喋って「私のこと呼んだ!」元気になる夫婦みたいなテンションだ。


 だが、悪い。

 その「オタクさん」はミタのことなのだ。


 そんなやり取りが見てられず、ミタが配信を閉じて強制終了したのがさっきの出来事だ。

 チャット欄もうるさかったから、即座にグループをミュート。


(そういえば……ねぎさん、来なかったな。もう寝てるのか? あのねぎさんが?)


 @で呼び出されていたが『ねぎねぎ』は珍しく欠席をしていた。

 推しに質問ができる機会なんて、そう滅多に訪れる訳もないっていうのに。

 この世界に来る前から段々と反応のない時間があったが、ここ最近は飛び飛びで空白の時間がよくあるような気がする。


「……」


「オタクさん……?」


「あ、ごめんねぇ、エルフさん……どうしたの?」


「いえ……ちょっと、なんだか暗い顔をしていたので」


「なんでもないよ。……ほら、今は明るい顔をしてるでしょ?」


 ニィィと手を口の端に当てて、グイと引っ張った。


「ま、まぁ……はい。なんで、ですか?」


「エルフさんが可愛いからに決まってるじゃあん」


「――……」


 何の気なしに言葉を口にしたままミタは手首の『ドミネーション』を撫でた。

 外套に隠され、影がかかっているエルフさんの目がぱちくりとするのを感じる。

 まつ毛がパチパチと上下するのが、視界の端で見える。

 ……って、なんで、黙ったままなのだろうか。


「……。なぁーんて、ね。って言ってみたりー、して……」


 目を横に逸らし、もじもじと手を遊ばせて。


「……」


「……」


 沈黙に耐え切れずに、ミタは振り返った。


「あの、せめて、なにか、いってくれると……」


 目が合った。

 というより、ずっとエルフはこちらを見ていた。

 顔が向き合うと、きょとんとした顔がゆっくりと、ほんとうにゆっくりと頬が膨らんでいく。

 そして、


「ぷふっ」


 堪えていたものが溢れたように、

 

「あはははははははっ!」


 お腹を抱えてエルフは笑った。

 今までの「ふふ」みたいな笑い方じゃない。

 足をばたつかせ、後ろの噴水に落ちるんじゃないかという仰け反り方で、目尻に涙を浮かべて、ひぃひぃと苦しそうでも楽しそうに。

 

「はっははははひっ……はは。あーあ!」


 それをミタは、驚きのあまり止まって見ていた。


「………………え?」


 異世界に来た時よりも信じられない光景がそこにはあった。

 脳みそがバグった。

 ここがゲームならば、ミタの頭上では処理落ちのマークがにクルクルと渦巻いていることだろう。


「やっぱりっ、オタクさん!! 一緒に旅をしましょ!」


 処理が追いついていない頭に、情報が上乗せされていく。

 キラキラとした目で、近寄られて咄嗟に間に自分の手を隔てた。

 目をギュッと瞑り、その手を握ったり、開いたり。


「あーー…………っと、え〜〜っと? まぁ、まぁっ、うわっ。ちょ、なんで……?」


 何故か、急に、恥ずかしくなってきた。

 今までは『可愛い』という感情に対して、受け止めながらも話題を逸らしていたり、なにか目的があって切り替えないといけなかった。

 でも、今は距離が縮まった状態でその熱にあてられている。

 こんな美人に、認められて、旅に誘われてる?


 …………こんな、俺が?


 急に『現実』が、現実になってきた。

 

「もしかして、食事処あそこの話の続きかな?」


「はい!」


「本気なの?」


「はい!」


 そんな小学生の健康診断みたいな返事をしなくても。


「……。」


 旅の話は悪い話ではない。むしろいい話だ。

 ミタは現状、宿無し、親無し、カネも無し。 

 あるのは『ドミネーション』と、エルフさんとの関係性、騎士王『オズ』とのうっすい人脈くらいだ。

 

「そうか、でも……このままこの国にいたらまた適当な理由で捕まっちゃうかもしれないのか……」


 頬をポリポリと描きながら呟くと、OKがもらえると感じ取ったのか、エルフさんの耳がピコッと動いた。


「で、でもさ。本当に俺なんかでいいの?」


 すごい勢いでコクコクと頷いた後に、


「いや、ですか?」


「あ、ううん! もちろんすごくうれしい話だよ! うん、とても、とても……。でも、結構、大事な決断とかじゃないの? だって、これから一緒に旅……をするんだよ?」


「はい!」


「はい、って……」


 なにも困っていないのに、照れくさくて言葉を濁す。

 明るさから目をそらすように、地面の石畳に目を落とした。


「そんな、嬉しい、けどさ」


 今までは『異世界転移した主人公』の気分になって、地に足が付かずにふわふわした気分で相手をしていた。

 しかし、こうも長時間一緒にいるともはや一人の顔見知りだ。

 そんな人物からこうも真剣にアタックされることなんて今まで一度もなかった。

 あるはずがなかった。

 

「……俺、絵を描くくらいしか特技ないけど」


 何故か、自分で自分の格を下げる言葉が出てくる。


「はい!」


「…………ずっと部屋に引きこもってたやつだけど」


 不思議だ。

 認めてほしいけど、認めてほしくないという気持ち。

 嬉しいんだけど、あと、一歩が足りないという感じ。


「それに、たまに、話を逸らしたり……」


 自分が入った額縁の前に立って、買ってくれそうな人に一生懸命「買ってほしい」という気持ちで自分の価値を下げている。


「あと、おれ、そんなに面白い人間じゃないけど――」


「そんなことないです!」


 自己否定中に差し込まれたのは、翡翠色の光だった。


「オモシロ人間です! いい人ですし! えっと、あと……あとは、不思議? な人です、し」


 手をあたふたさせて肯定をしてくれる様子を見て、ミタの緩まっていた顔がさらに引きつりながらも緩んでいく。


「……」


 たった数日会っただけの人間だ。

 そんな相手に大事な決断をしてもいいのか?

 エルフさんのことを考えると、断るべきじゃあ……。


「おれ、おれも……旅はしたいと思うけど」


「だったら――」


 エルフは手を差し伸べてきた。

 その色白の手を見つめて、


「でも、俺じゃあ、その……ふさわしく――」



 ――♪――



 音が響き、弾かれるようにミタは口を閉ざした。

 ホログラムに映し出された着信主は『ねぎねぎ』。

 ようやくかかり出したエンジンを完全に止めると、手を握るはずだった手で着信に出た。


『あ、あーー、ミタさん?』


「……やっほ。ねぎさん。今エルフさんと一緒」


 先程の話の流れを名残り惜しそうにしているエルフさんはフードを深く被り直して、噴水の縁に座り直した。

 横からでも分かるくらい、口をとがらせている。


「ごめんね、ちょっと」


「いいですよぉー。ごゆっくりー」


 完全に拗ねたエルフさんに、申し訳なさそうに少し距離を開けて座った。


『そ、っか。エルフさんも一緒にいるんだ。ってことは、無事に奴隷商のところから出れたんだ』


「うん、あの後、どこか行ってたの? 急に通話繋がらなくなったけど。ってか、なんか音質変わった?」


『んー……あー、なんて言えばいいのかな。最近、ちょっと家に居なくて。今、外にいて』


 どこかはぐらかすような『ねぎねぎ』だが、特に気にもとめない。なぜなら、


「残念だなぁ。あの後に、ねぎさんだーいすきななヴァルフリートと会話するチャンスがあったのに」


 残念だ残念だ! と控えめに笑い放った。

 ネットで3年以上の関係が続くのはごく稀という話を聞いたことがあるが、ネギさんは3年を優に超えている。

 だから、この後返ってくるだろう反応は分かっている。


 いつもの可愛らしい声で「えーー、なんでーー、もっとはやくいってよー!」と怒るんだ。

 その反応を期待してミタは笑った。


 だが、


『そっか……もう別れちゃったんだ』


 『ドミネーション』越しでも分かるほどの沈みこんだような声で、ミタの描いていた弧もゆっくりと引き下げられていく。


『どうだった? ヴァルフリートさん、カッコよかったでしょ』


 あれ?

 なんで……? そんなに辛かった?

 何かがおかしい。


『ミタさん?』


「まぁ、うん……そうだね」


 そうだけど、

 なんで、そんなに落ち込んでいるんだ?


「そうだ! それでもオズはさ――あ、オズって呼ぶようにしたんだけど。カッコいいけど、めちゃめちゃ強いよな! 受け答えも良くて、愛想もいい。完璧超人じゃん」


 ねぎさんが好きになる理由も分かったよ――と、なぐさめるようにヴァルフリートを褒める。

 うん、うん、と小さな頷きが『ドミネーション』越しに聞こえる。


「勇者よりも強かった! ということは、誰よりも強いんじゃないの? 案外この小説って最強系のラノベだったりする?」


『ね。ヴァルフリートさん強いんだよ』


「うん、ほんと強かった! んで、騎士団の場所とかもねぎさんなら知ってるでしょ? だから会いにいけるよ」


 雰囲気がいつも通りになるようにミタは一生懸命に持ち上げた。

 大丈夫だよ、推しに会えなくてもまた会えるから大丈夫。

 もしそれで落ち込んでいなくても、推しに会えるんだから大丈夫だよ。


『いいや、最後に元気な推しが見えたから満足したよ』


 しかし『ねぎねぎ』は沈み込んだまま、上がってこようとしない。

 手を差し伸べているというのに、その手を取ろうとせずに深い場所で諦めている。


「あ、あははっ。いや、え? そんな落ち込まなくても、騎士団に行けば会えるんだからさ?」


『会えるかもしれないけど、私はもういいよ』


 それは、ミタがどれだけ頑張ろうとも引き上がらないような声だった。

 だから、聞いた。


「…………なんで、そんなに哀しそうな声で喋るの?」


 なんで、ヴァルフリートと会おうとしないのか。

 ミタの質問を受け『ねぎねぎ』はマイク越しに唇を畳んで、


『ヴァルフリートさんはね。…………もうすぐ死んじゃうの』


 掠れた声で、理由を口にした。

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