第23話 流れが元に戻るように



「……オズが、死ぬ?」


 『ねぎねぎ』は冗談を言うような人ではない。

 だけど、信じられる訳もない。


「それって…………いつ?」


『もうすぐ、としか……言えない』


 答えを持っている『ねぎねぎ』ですら、答えが分からない。

 ということは……小説で、騎士王の死は詳細に書かれていないということになる。

 あんなに強い、騎士王の『死』が?

 

「……なんで」


 口元に手をあて、頭の中でグルグルと『騎士王の死』について考えた。でも、答えが出てくる訳がない。


「……そんな訳、ない」


 だって、アイツ、あんなに強いのに。


「――……」


 いつの間にかミタには、噴水の音が全く聞こえなくなっていた。

 周りを歩く人たちの足音も、夕暮れの客引きの声も、全部が、思考の外に置いて行かれている。


『――ただ、言えるのは……凄く、悲惨な死に方だってことくらいで』


 『ねぎねぎ』の声も、今は、どこか遠くで聞こえる騒音のように聞こえて。

 なんで、アイツが殺されないといけない?

 何をしたっていうんだ?

 あんな、出会ったばかりの人に服と食事を与えるお人好しが……。


「あ」


 そうか。


「……奴隷商を、摘発したから…………?」


 そうだ。

 それしかない。

 助けてくれたから、それをよく思わない奴らの反感を買ったのだ。


『……奴隷商は、アクマと契約をしてるんだ。それで、ヴァルフリートさんを』


「アクマ……?」


『この物語の敵だよ。とても大きくて、強くて……狡猾』


 まだ見ぬ敵を想像し、ミタの呼吸が浅くなった。

 物語の敵。

 それに、負けた……ということは。


「……あのオズを――殺せれるような奴がいる……?」


 単純な答えだが、信じられる訳がない。


 剣速などは見えず、一対多でも掠りもせずに制圧をした騎士王を殺せれる敵がこの世界にいるのだ。

 奴隷商の傭兵たちが手も足も出なかった。

 主人公たちよりも……強かった、あの騎士に。

 

「…………」

 

 言葉が失われた時間が、ゆっくりと流れていく。

 淀んだ川に浸っているような不快感が巡りめぐって、頭の中を溺れさせる。

 

「だから……ねぎさんは、見たくないって言ったんだ」


『うん……ごめんね。ミタさんの話が、楽しそうで、仲良くもなれたみたいだったし……だから』


 うん――と消え入るような声を残して『ねぎねぎ』は口をつぐむように、声を発さなくなってしまった。

 気分が転げ落ちたみたいだ。

 さっきまでの、楽しい雰囲気なんてどこにもなかった。


「……」


 可能ならば姿を見てみたいのだろう。

 けれど、ミタを加勢に行かせたとしても役に立てるわけが無い。巻き込まれて死ぬのが関の山だ。


「オズに勝てる相手に、俺が勝てるわけ……ないもんな」


 だから、一番輝いていた時の姿のままで情報を留めておきたい。

 そうしないと推しの『死』を目にしてしまうかもしれない。

 もどかしい気持ちの狭間で、元気の明かりが陰っていく。

 


「でも……どうやって、オズが……アイツが負けるなんて」



 ぶつぶつとこれからやってくる未来に対して『否定』を繰り返す。

 それが無駄な行為だと分かっていても、否定をし続ける。



「オタクさん――」



 視界に入ってきたエルフに、ミタは取ってつけたような笑顔をうかべた。


「あ、はは……耳がいいから聞こえてた、かな」


 笑みが崩れる。

 動揺が隠しきれない。


「ごめんね、はなし、遮っちゃって」


 二次元のイケメン騎士が残酷な死を迎える……それなら、まだ、なんとか平常心を保てただろう。

 それが先程まで一緒に食べて、飲んで、笑っていた相手が「死ぬ」となると話は違ってくる。


 物語の、字面の上の人間じゃあない。 

 この世界で、助けてくれた、血の通った人間が……死ぬのだ。



「エルフ、さんさ。……オズ、死ぬんだって」



 エルフさんが何か言葉を選ぶように、口を動かし、目を泳がせる姿が見える。

 相談してどうする?

 分からない。



「おれ、どうしたらいいかな?」



 あれ……逆に、何で今まで順調に回っていたんだろう?

 分からない。


 

「分かんないんだ……だから――」



 救いの手を乞うように求めて……

 パチンっと乾いた音が鳴った。



「……え?」



 視線が横に移動した手に向かう。

 しかし、エルフさんも困惑したような顔を浮かべて、両手を胸の前に控えていた。

 

 そう、彼女の手に弾かれた訳ではなかったのだ。


 ――バシャンッ。


 その時、噴水から大きな音が鳴って高い水飛沫が立った。


「え」


 今まで聞こえなかった音が一気に押し寄せる感覚。

 困惑を顔に浮かべたまま舞い上がった飛沫をただ見つめる。驚きで体が止まったミタの頭上に、豪雨のような勢いで降り注ぎ――

 何故か、ソレはエルフさんには当たらなかった。


「――」


 瞬きの間に、人智を超える光景を見た。

 エルフさんに当たるはずだった水飛沫は空中に制止し、

 大きな水玉になって噴水内に戻って行ったのだ。


「なにがおき――」


 急激に冷えた場の中、

 

「――――ここにいたのか」


 響き渡ったのは男性の透き通る声。

 

 

「……リヒトさん」


 

 エルフさんの声で、ようやくミタは目を動かしてその存在を認知できた。

 こちらを見下ろすように佇んでいる、二人の間にあった横の大きな影に。



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