第20話 エルフさんはぽんこつ?

 


 胸と態度が控え目なだけでも、傾国美女のエルフさん。

 その態度が積極的になったら落ちない男はいないだろう。

 そう、私がそれです。


「どこまででも、一緒に行きましょう! この身が朽ちるまで!」


「やったー!」


 大衆食堂で「わーいわーい」と手をつないだまま万歳三唱。

 周りで飲み食いしてる者達など気にしない。するわけが無い。


「で、どうしたの? 酒、飲んだ?」


「お酒? なんで? 飲んでないよ?」


 彼女の卓上にあるのは、料理と飲み水のみ。

 つまりアルコールが入っていない状態で、このテンションなのだ。


「あぁ、そうか。じゃあ、キミも旅人なんだね」


 お、これは久しぶりに食べた――と食事をしながら流すように自己解釈をした騎士王。


「旅人? あ、捕まってる時にも言ってたヤツ?」


「そうなのです」


「だからテンション高いの? 陽キャか?」


「たぶん、おそらく、違う気する」


「そうか?」


「多分ね。そういうことなら、ミタも旅人だから……陽キャ? になるのでは?」


「おぉ。俺が陽キャになれる世界線か。とりま、BBQしとくべ」


 手にした骨付き肉をくるくると回して食べた。

 と、一通り脱線した話を楽しむと、流れを元に戻してもらうように騎士王に目線を飛ばした。


「エルフの旅人となると、世界樹の記録係ブックマン……とか」


 補足するような声で、エルフは頷いた後に首を傾げた。


「その呼び方は只人ヒトが勝手に呼んでるだけど、私達の中じゃあ観測者センチネルって呼ばれている」


 新単語続出で頭上にはてなが浮かんで顔が渋くなったミタ。

 その解説役に名乗り出たのは、中々食事に集中できない騎士王だ。


「僕達の行動を記す者だよ。エルフ族は不定命イモータルだから、定命モータルの僕達の情報を記すのさ。只人にはそれを見せてはくれないから、僕自身も噂に聞いた程度だ。けど……本当にいるとは知らなかった」


 瞳の中に好奇心と警戒度が入り混じる騎士王の視界に、ミタはヒラと手を差し込んだ。


「オズー、指揮者のポーズ止めろ〜。手が止まってるぞ。解説役にならずに飯を食ってくれ。もちろん助かったが、大丈夫だ。俺のことは基本置いておけばいいから――あ……俺を置いて、先に食え……っ!」


「どうも演劇めいた言い方だ。何かのセリフかな?」


「俺も元ネタは分からんが。今日はオフなんだろ? で、ここは食事の場所だ。そう気を張るな、楽しく行こうぜ」


「オフ、か……それも、そうだ。悪かったね」


 律儀にペコと会釈をする騎士王に、ふ、と鼻で笑って返す。

 なぜ謝られたのだろうか。異世界文学いと難し。


「まっ、温かいうちに食べた方が美味いからな。それと、それと……それは少ししょっぱかったけどオススメだぞ。100点だった」


「お、それは何点満点中かな?」


「ざっと、一億」


「わ」


「ウソウソ、食事に点数なんてつけるなんてバチ当たりもいいところだ。全部美味しかったよ。ソレ、食べろ食べろ、アンタのカネなんだから」


 ミタが勧めるものを皿によそって、もぐもぐと食べて頷いた。

 騎士王の舌にもこの食事処の飯はアタリらしい。


 一通り食事を終えた後、少しばかりのブレイクタイムへとしゃれこんだ三人。


「んで、あのオッサンは、その……センチネル? ってのを知ってたのかな」


 骨付き肉の脂が着いた手をペロっと舐めながらミタが質問を飛ばした。


「……。どうだろうね。もし、知っていたとしたら……只人とエルフの間に交わした契りを無視した行為となるのだが……」


「契り?」


「あぁ、気にしなくてもいい。ただの独り言さ」


 ヴァルフリートは思考を巡らせ終えると、エルフを見つめた。


「……分からないことばかりだけど、エルフの国から人里に降りて来た理由は……その記録の為かな?」


「そう! 旅をしてた! ワタシはその同伴者!」


「同伴者? キミは観測者ではないのかい?」


「違う。それは師匠の仕事。……たまに、ワタシもするけど」


 ようやく自分がしたい話ができる! と立ち上がったエルフさんを男二人は目で追った。


「王都からこっちにグーッとやってきて、とりあえず西から東にかけて行こうって話になって。ここ……フェブルウス王国? にピタッとやってきたのです」


 手を宙に泳がせて着地をさせた手遊びを見ながら、へぇ、とミタは机の上にあったコーヒーに手を伸ばした。

 その姿は、どこまで喋っていいのか、と言葉選びをしているように見える。それでも「グーッ」「ピタッ」って言っちゃうエルフの姿は、永久保存版だろう。


「でも、本当は……こんなに近づくつもりはなかったんだけど……」


 今度は居心地悪そうに座ったエルフ。騎士王とミタはゆっくりと顔を見合わせた。


「かわいい」と「どうしたんだろうね」の言葉が交差する。


 トイレを我慢する少女のように縮こまったエルフさんは、顔色を窺うようにミタの方を見上げて、


「ほんとは、只人ヒトのお友達がほしくて……」


「あぁ」納得したように、騎士王は口元に手を当てた。


「でも、騙されて……」


「あぁ」同情するように口から手を放した「だから捕まったのか」


 段々と椅子の上で肩を寄せていくエルフは上目遣いをして。


「だけど、オタクさんなら……いいかなって、おもって」


「う゛ッ゛」


「でも、話ではキミはハイエルフと聞いていたのが――」


 ヴァルフリートが聞きたてる中、ミタの体勢がゆらと揺らめいた。

 そして――ドゴンッ!!

 物凄い音を立て、地面に倒れ込んだ。

 

「大丈夫かい!?」


 覗き込んだ時に見えたミタは、両手を両目に当てて幸せを噛みしめているようだった。


 上目遣い。

 オタクさんならいいかなって。

 ――あああああああああああああああーーー!!!


「もう無理ぃ。エルフ尊いぃ。今なら死んでもいい……ぁ。あ、さっき落したフォークあった……」

 

 限界値なぞ、とうの昔に越しているよ。ありがとう。

 過剰供給で市場価格が値下げすればいいんだけど、ミタの中でエルフの上目遣いや発言はいつでも価格高騰をしているのだから堪らない。

 ――ポコンッ! ポコンッ!


「あ? 誰だよいい時に」


「……それはなんの音かな?」


「なんて言えばいいんだか分かんない音ですよ、ホント」


 手首上の文字が揺らめき、余韻から引きずりあげた通知が姿を現した。

 見てみると「@ミタ」と参加中のグループで呼ばれているではないか。


『ミタさんどうしたのー? すぐ来て、すぐどっかいったけど』

『何かあったの? あれ、そういえば、今、異世界 (グリーンバック)だっけ?(笑)』


 先程のグループチャットの『らんぼる』と『かごちー』だ。


「…………バカにしてるな?」


 目下のテーブルから覗き込んでいる二人がミタの様子を興味深そうに見ている中、手首の上にホログラムのキーパッドを出した。


「何か、凄い指を動かしてるが」


「オタクさんの術は不思議」


「オタクさん?」


「わたしはそう呼んでる」


「不思議な呼び名だね……」


 二人の会話を傍において、ミタはSNS上のチャット欄に返信をしていた。


『おいおい。今、異世界の騎士王とエルフちゃんと会話中だぞ』

『またまたぁ』

『配信できる? どんな顔してるの?』

『顔は知ってるでしょ、銅像になってた人だよ』

『んー? わかんない。多分、その時に俺いなかったわ笑』

『エルフの銅像? 街中に? 信憑性なくね(笑)』

『エルフちゃんは銅像にはなってないって。……いや、でも、そっちの世界のどんな彫像よりも最高に可愛いぞ』

『はいはい』

 

 ミタが異世界にきてからそれなりに時間が経っているというのに、今だに信じていない人達がいたらしい。

 信じろっていう方が無理な話ではあるのだけれど、


(俺が本物のエルフと騎士王と話しているとは知らずに……)


 もやもやとした気持ちを吐き出さないように口をひん曲げる。

 そこでようやく二人の視線に気が付き、へへ、といつものせせら笑いを一つ。


「話の腰をぎっくりさせてごめんな。『ドミネーション』から連絡がこっちに入ってきて……」


 座り直しながら説明をするミタを遮るように――ポコンッ! と新たな通知が入ってきた。


「……。悪い」


「いや、良いよ」


「うん」


 ため息を手にしたコーヒーにふきかけると、


『@ミタ はやくライブ配信しなさーーーーーーーーーい!!!!! 怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒怒』

『@ミタ@ミタ@ミタ@ミタ@ミタ@ミタ@ミタ@ミタ@ミタ@ミタ』

『はーーーやーーーーくーーーーー』


 『角が生えた少女』のアイコンにしている『ココ』がチャット欄で暴れ回っているのが見えた。


「……ココさん、なんでまだ起きてんだ? 仕事は?」


 多分、元いた世界とこの世界では時間軸は凡そ12時間程の差がある。こちらは今は夕前。つまり向こうは朝前だいうのに。


『はやくはやくはやくはやくはやく。

 仕事をほっぽり出してきたんだから!』


「あー、在宅ワーク……というか、生活習慣グッズグズなだけか」


 ぽこんぽこんっ、と通知音が鳴る度にエルフさんの耳が動いてるのにも気が付かず、ミタはチャット欄の流れを目で追っていく。


『@ねぎねぎ、@じょにー 

 みんなーーーー、二次元のイケメンと美女に質問ができる神イベント

 はやく集まってーーー!!』 

『なぁにぃ! 

 二次元と触れ合える場所はココであってますでしょうか!』

『参加料は無料! プライスレス! 録画も可でございます』


 呼びかけに集まったのは『うんちみたいな絵具』をアイコンにしている『じょにー』だ。

 こちらも同じく、生活習慣は乱れまくっている。


『わあーーー、太っ腹!』

『誰が太ってるって?』

『おっと、地雷を踏み抜いたかな?

 さ、この空気を変えれるのはミタさんの配信のみとなりました!』

『そーだそーだ。はやくしろー!』


 催促されるミタは気まずそうに二人を見つめた。

 この雰囲気を解決するのは、結局のところ『配信』のみとなる、ので。


「あーー……二人とも。その、さ」


「?」「?」


「ここにいない人に、顔を見せてもいいかな」


 『ドミネーション』を指をさして提案をしてみた。



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