第19話 バグだらけの距離感

  


「職務放棄をしてまで、食べるご飯は美味しいかって?」


「うん……ふぁ、ちょっほ、まっふぇ(ちょっと待って)」


「いいよ、ゆっくりと食べると良い。ちなみに、職務は放棄をしていないよ。今日は、職務でここに来た訳じゃないからね」


「ふーん」


 ヴァルフリートに買ってもらった服を着て、ヴァルフリートが奢ってくれる料理を貪るように食べていた。

 ちなみにレストランなんて分不相応なところではなく、外と繋がってる大衆居酒屋のような場所でご飯を頂いている。

 こういうのでいいんだよ、こういうので……。


「ふぇるふふぁんもふぉいひぃ?(エルフさんも美味しい?)」


「ふん!」


「ふぉかった(よかった)」


 新情報。エルフさんは、かなりの肉食だった。

 目を輝かせて次々に食事に手を伸ばしてる姿は、バイキングで元を取ろうとしている可愛らしいあの子の姿だ。


「っぱっ! ありがとう、うまいよコレ」


「舌には合ったかな?」


「あぁ。ついでに、俺の美的感覚がおかしい訳じゃないと知れた」


 周りの人間たち(もちろん、ドワーフやリザードマンもチラチラといるが)が通りすがりや、席から覗き込むようにしてその姿を目に収めようとしている。やはりエルフが珍しいのだろうか。

 それを許さないのは、同席をしている赤い正義の王とその威を借りるオタクだ。

 近づかないように一生懸命ガンを飛ばしていると、


「エルフと聞けば、菜食主義のようなイメージだったが」


「……ゴリラじゃああるまいし」


「ゴリラ?」


「え、この世界には――あー……この国にはいないのか? 筋肉ムキムキの山にいる奴なんだが」


「山にいる……エルフのことではないんだよね?」


「結局そう言う感じなっちゃうのか。まぁ、どっちかっていうと、オークみたいな……ぁ。説明が難しいな」


 ゴリラがいないとなると……バナナ食っても「お前ゴリラみたいだな」っていういじりと、筋肉もりもりの奴に「お前ゴリラみたいだな」っていういじりがこの世界では通用しないのか。


「ボディビルダーが異世界転生したら困るな」


「ぼでぃびるだー、いせかいてんせい……ミタさんから聞こえてくる言葉は、聞いたことはない言葉ばかりだな」


 騎士王の言葉にミタの眉がピクと動いた。


「……アンタに”さん”付けは気持ち悪いな、呼び捨てで頼む。そっちの方が、周りから見られた時に『なんだあいつ、騎士王と親しく話してる! ってことは』……って勝手に高尚な人間だと勘違いされるんでな」


「君は、考えてることを包み隠さず話してくれるから楽だね。……いいよ、ミタ」


 食事を中断して、ミタを真っすぐ向くヴァルフリート。

 両手にはフォークとナイフが握られていて、まるで楽団の指揮者のような恰好で静止している。

 そんな彼はチラチラとミタの手首を見て、


「で、どうやって使うのかな、その……」


 次は卓上の書きとどめていた羊皮紙を見やって、


「『ドミネーション』というものは」


「えっ、興味津々じゃあん!」


「興味が湧かない方がおかしいだろう」


 うずうずしている騎士王が見れるのはここだけ! なんと、異世界に来るだけで見れます!

 小説の中では、こんな表情をする騎士王は見れるまい。原作小説のファンのみんな、悪いね。


「人間らしいとこが見えて、俺ン中で騎士王様の好感度は上昇中であります」


 調子良いことを言いながら食事を頬張っていると、その姿をジィっと見つめる騎士王は提案を一つ。


「僕も呼び捨てでいいよ」


「もご、っ……騎士王?」


「そっちじゃなく」


「あーーー、おっけー。ヴァルフリート……って、長いな横文字は。フリート? ヴァル? どっちがいい?」


 勝手に略そうとするミタに、未だに指揮者のようなポーズのまま。


「じゃあ、下の名前で呼んでもらえるかな」


「下ってどっちだよ、海外の人間は下が上で、上が下なんだ。山田太郎だったら、太郎山田になるんだぞ? 意味わかんねぇだろ」


「ヴァルフリート・オズ・クレナティオ……。それが名前だっけ」

 

「うわ、かっこいい名前ですこと」


「親に感謝しなければね」


「で、なんでエルフさんはそんなに知ってるの?」


「オタクさんが知らないだけモグモグ……」


 パンを頬張りながらのエルフさん。

 会話に入ってきたかと思うと、また食事に夢中になった。どうも食事が舌にどんぴしゃりらしい。

 あんな美形がもぐもぐと食べてる姿って、無料で見ていいのだろうか?


「じゃあ、オズ? クレナティオ?」


「オズで呼ばれたことはないな。大体、ファーストネームか――」


「じゃあ、オズって呼ぶ! 誰も呼んでないんだったら、俺が一番だろう?」


 ニカッと笑うミタにヴァルフリートは少し面食らった顔になって、優しく笑った。


「じゃあ、オズ、と呼んでくれたらいい。その代わり、はやく『ドミネーション』の効果を見せてくれないかな?」


「お安い御用、オズ、まかせたまえ」


 手首の上の文字をなぞり『ドミネーション』を起動させることにした。


「急に攻撃とかしないでくれよ?」


「説明したろ、俺にはそんな能力ないっての」


「冗句さ」


「距離の詰め方バグってるだろ。まっ、待ってくれ。すぐ見せるー……聞かせるって方が正しいか」


 ヴァルフリートには、なんとなく事情を説明をしていた。

 といっても『ドミネーション』を一から十まで説明しても異世界の人間に通じる訳がないから、だいぶ嘘を交えたのだが。

 

(騎士王に嘘をついたが、誰も怒らんでくれよ)


 だって、想像してくれたまえ。

 私は異世界からきた、引きこもりのオタク! 

 こちらは科学技術の結晶の『ドミネーション』!

 通話先にいるのはめちゃめちゃ声が可愛い『ねぎねぎ』だ。よろしくな! 


 そんなのは「私は未来からきた未来人です、次の総理を当てます」っていう頓珍漢な奴とどっこいどっこいだ。

 懇切丁寧に説明しても、次の日のティータイムに「異世界から来たって言う、頭に海藻を乗っけた電波野郎がきてさ」ってネタにされるのがオチだろう。


「彼女が一緒に逃げれたのも、それのおかげだったかな」


 エルフに視線を送ってみたが彼女の視線は未だに食事に釘付けだ。

 反応が返ってこずとも、騎士王は頷いた。

 その間には、ミタは準備が整った。


「じゃあ、いくぞっと……」


 ミタは手首の『ドミネーション』に触れ、一つしかないアイコンを触って――

 ポコンッ!


『うひょおおおっっ!! つよぉぉ!!』


五人抜いたエース! 次の買い物はなんでも買えるぜ? なんでも言いな、なんでもオジサンが買ってあげるよ』


『って、ん? あ、ミタさんひさしぶ――』


 ポコンッ。

 尻すぼみな音で、ミタの画面のヘッドフォンマークに射線が着いた。

 

(うわあ……タイミング)


 参加者を見ずに、グループ通話の方にかけてしまった。


「じ、じゃぁーーん……。えぇっと……こんな感じ、で」


 友達の前で何かを検索しようと『検索エンジン』を開いたら、昨日の夜にお世話になったエッチなのが映った時みたいな感覚。

 さすがに、さっきみたいなのは騎士王サマも快くは思わない……


「すごいな、それは!」


「は」


 なんでなんだよ、オイ。

 いや、なんで、そんなに目を輝かせてんの? 少年?


「この場にはいないヒトの声が聞こえた! 何をしていたんだ? 買い物……エース? おじさん。断片的に言葉は拾えたんだが。今のが『ねぎねぎ』という人物かな?」


「あー、っと『らんぼる』と『かごちー』……敵を倒して、そのポイントで買い物をして……あーーーなんて説明したらいいんだ!?」


「敵を!? そうか……ミタ君の友人は、戦士も多いのか」


「いや違くて、そういうのじゃない。…………ゲームって言えばいいのか? 卓上遊戯? そういうのだ。現実の戦士じゃあなくて」


 んー、とぼさぼさの髪を掻き毟った。こちらの世界ではなんて言えばいいか分からない。

 その様子をジィと見つめて、騎士王は腑の落としどころを見つけた。


「……やはり、ミタは旅人のようだね」


「たびびとぉ? そんな陽キャに見える?」


「違うのかい? 服、訛り、この国の人間ならば知っていることの情報を知らない」


 ミタの中で、そういうことね、と浮かんだ。

 オズの言う『旅人』は、ミタの思い描いていたモノとは異なるようだ。


「それに……優しい手をしている。剣を握ったこともなければ、人を殴ったこともない手だ。旅人ならば、説明が着く。大方、高貴な家柄が嫌で出てきて、旅をしている……とか?」


 やたら鋭い騎士王サマ。

 全然当たっていないけど、彼にそう言われるならば、そうだった気がしてきた。


「んっ……ごくっ。テーブルマナーとか、知らないけどね」


「それが最重要なものでもあるまい。少なくとも、綺麗に食べてくれているから構わないよ」


「オタクさん、が、なんですか?」


「ん、オズに旅人って言われただけだよ。ネットの世界じゃ色んな世界を練り歩いた旅人だったり、戦士だったりしたけどな!」


 旅人――言葉を追うと、食後のスープを飲んでいたエルフさんが目を輝かせた。


「やっぱり! オタクさんは、旅人、ですか!」


「――?」


 その声で、手に持っていたフォークを下に落してしまった。

 いや、仕方ない。

 大衆食堂にも響くほどの声量に、驚かないヤツはいない。

 隣のクラスの気にあるあの子が急に大声で叫びだしだら、みんな怖いだろう。

 それだ。


「じゃあ、紹介できるかも! それなら……そっか、出てきたのは正解。よかったかもしれない!」


 なんだか、見えない尻尾が見える気がする。

 このテンションの既視感は、実家に帰った時のイヌか。


「あーっと……なに?」


 ここらで大体は冷静になるはずなんだが、エルフさんのテンションは天井を突き破ったまま戻ってくる気配がない。 

 食後のスープを、ぐび、と飲むエルフさんは、ミタの手を握った。

 

「ぽっ!?」 

  

 八尺様みたいな声が出たミタを置いたまま、


「私と一緒に旅をしましょう!」

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