第18話 腹のムシは男女平等パンチ


「奴隷たちの中でも、君たちだけ動きが違った。なにか……知っていることがあるんじゃないのかな?」


 一難去ってまた一難。

 そんな言葉がミタの生まれた日本にはあるが、こういうことを言うのだろうか。


「……正面はどうしたんだ?」


「後片付けは仮面クン達に任せている。彼らは信頼ができるからね。そんなことを気にする余裕があるのかい? 興味がますます湧いた」


 腰帯に手を当て、ニコリと笑った。

 一見すると正義のヒーローが登場して、救い出してくれる状況。だが、悪い。もう脱出した後なのだ。

 そういう場合は「なにか、余計な仕事を押し付けてきそう」というアンテナがウィンウィンと警戒を示している。


「事情聴取をしたい。同行をお願いしていいかな?」


 ス、と手を差し伸べてくる。

 その顔は笑っているというのに圧がヒシヒシと感じられる。


「……」


 断れば、快く思われ無さそう。

 だが、この男は『ねぎさん』のお気に入りである。

 オーケー? つまりは、こういうことだ。


「……あの」


「――――腹が減った!」


 ミタは前に出て、ヴァルフリートの手を握った。

 『ねぎさん』は、温厚な人を好む……気がする。少なくとも、奴隷に手を出してくるような奴を好きになったりしたりしない……はずだ。

 

「まずは、そういうところから始めさせてくれないかな。

 俺の地元じゃあ、腹が減っては戦は出来ぬって言葉がある。

 それに、こんな姿格好じゃあ話す気も起こらない。

 騎士王様には、貧相な奴の気持ちは分からんだろうけどさ」 


 ギュッと握ると、ヴァルフリートは目を丸くした。

 しばし、状況を整理するような間が空くと、


「気が乗らない……か」


 そうか……とミタの細い手の上から手を重ね、ギュッと握った。

 思いの外力強い握手にミタは「ヒュッ」と小さな叫び声を歯の間から漏らすと、ヴァルフリートは一転し、上機嫌に笑った。


「ははははっ! 悪い。そうか、そうだな」


 神妙な面持ちを吹き飛ばした騎士王は、体裁も気にせぬような笑いようで。


「面白いな、キミは……いや、悪い。ちょっと、ツボだった。

 君が僕のことをどう思っているか分からないが、いいよ。

 ご飯が食べたいなら、いい食事処に案内をしよう。

 服もそうだな、着替えた方がいいね。君も、そこの君も」


 二人に視線を飛ばし、ミタの手から手を下ろすと、


「でも、その前に」


 腰帯に手をふわ、と当てて――

 パキンッと音が立って、首枷と手枷がボロッと外れた。


「え」


「わ」


 ゴト、と地面に落ちる首枷と手枷。

 丁度、その時に電流が流れ、薄暗い路地裏に電流がバチバチと駆け抜けた。


「これで両手が使えるようになったね。さ、ご飯を食べに行こう。それとも、先に服の方がいいかな?」


 言葉を発せないままヴァルフリートの顔をただ見つめる。そんな彼は鞘に剣を収めて、踵を返そうとしていた。

 これで、首輪に手を突っ込む必要が無くなった訳だ。

 

「……あ、ありが」


「ん?」


「ありがと! その……壊してくれて」


「本来、君たちの首には着いていないモノを取り払っただけさ。感謝はしなくてもいい。……それに、刻印されてるのがどうみてもこの国のモノではないからね」


 翡翠色の瞳を細めて、首輪に刻印されていた砂時計のようなマークを情報として仕入れ、

 視線を切ってニコリという表情を上塗りした。


「あと……飯食うって言っても、俺、お金持ってなくて」


「ははは、気にしなくてもいい。僕の奢りだ」


 とほほ。

 人間性が大敗北してる感覚久しぶりだぁ。


「……『ねぎさん』が好きになる理由も分かるなぁ……」


「……?」


「いいや、なんでもない。……言っとくけど、俺、めっちゃ食うからな」


「望むところだ。順序を間違えた非礼の詫び、好きなだけ食べるといい。騎士団はカネがないと言われていたが、僕個人としては、カネの使い道が分からなくてね……」


「なら、騎士団の給金で胃袋を満たさせてもらいましょうかね」


「ますます気に入った」


 ミタの言葉にヴァルフリートは微笑んだ。眩しい。


「あの……わたしも?」


「あぁ、他種族の話というのも興味深い。只人の食事が舌に合うかは分からないけどね」


「俺の舌には合うのか?」


「はは、どうだろうか。ここの国は、人の胃袋を満たすことくらいはできると信じているんだがね」


 街路の方に向かいながら「何を食おうかなぁ、中華とかあんのかなぁ」と大皿に並ぶ料理たちを思い描いていたら、未だに路地裏の影が顔を覆っているエルフに気が付いた。


「ん、エルフさん、行こう。アイツのお金で無限に食えるぞ」


「え」


「いこ、ほら!」


 大きな歩幅に連れられ、エルフはつっかかりながらも前に歩く。街路から差し込む陽光に照らされる彼女は、瞳を閉じて、開いて……


「……わたし、別に、おなかすいてないんですケド……」


「うそぉ」


「うん……だから――」


 ギュルル……とムシの鳴き声が路地裏に響き渡った。


「え、わっ」


 その発信源は、薄い腹部から。

 これでもかと外に音を響かせていたが、すぐさま細い腕によって押さえつけられて音を籠らせていた。


「おなか…………空いてる、みたい、デス」


 色白の肌がカァァッと真っ赤に染まる過程を見つめて、その目をミタは蚊を潰すような勢いでふさいだ。

 

「……ほんとうに……可愛すぎるぅ……」


「その反応、ちょっと、はずかしいので……」


 腹部を抑えて恥ずかしがるエルフを見て、更に悶えるミタ。

 

「ふふ」


 そして、それを見て微笑んでいる騎士王。

 まぁ見事に微笑ましくも気持ち悪い状況だったが、幸いここは路地裏、人目には触れない場所だ。


「あ、そういえば」


 わざとらしい声を上げた騎士王は、ミタの腕をちょんちょんと触りながら、

 

「名前を聞いてなかった。なんて呼べばいいのかな?」


 ん、あ?――と限界オタクタイムを勝手に終わらせられたミタは、聞こえないように吐息を吐く。


「俺はミタ。そんで、こっちのエルフさんは俺の彼女。よろしくな」


「ほぉ……それはそれは……」


「……かのじょ、ってなんですか?」


「将来結婚とかを考える男女ってこと」


 へ、とミタが笑うと、エルフさんはキュゥゥと喉を鳴らして、ビシッと指をさした。


「ちがいます! それは、そういう……ワタシには、まだ、はやい……から」


 せせら笑っているミタを見て、目を逸らして、ピンと張っていた指をへなへなとまげて、空中に指をなぞらせながら声をすぼませて……。

 壁に「の」と書きながら「ヒトとエルフじゃあ、トシ、とか、色々あるし」と呟く姿はまるで人間国宝ならぬ、


「エルフ国宝だ……っ」


 エルフの国があればの話だが。


「こんな、小説だとべたな表現が……実際、この両肉眼で見るとこんなに可愛いとは……んんんっ、てぇてぇなぁ……。いや、可愛い、という表現以外が見つかるか? ヴァルフリートクンよ」


 どうしましょう。さすがにこのかわいらしさには天下のヴァルフリートも見惚れるのでは、

 

「じゃあ行こうか。って、何回このセリフを言ってるんだって話か」


「は?」


「え? え、何回もって」


「ちげぇよ。なに、なんで、は? なんでエルフさんのこの姿を前にして余裕なの? なんで、マジで、なんでそんなに平然としてられるんだ? できる男の余裕?」


「なにが、かな」


 嫌味も何もないただの疑問に、ミタの勢いは急停止して、口を開けて空気を吸い込んで、細く長く息を吐いた。


「……いや、なんでもない。一回胸に刻んで、忘れてくれ」


「ふふ。話ならば、ご飯を食べながら話せばいい。大衆の食事処がいいかな。少しいい場所もあるけど」


 一瞬だけ考えて、最適解を思い浮かべる。


「テーブルマナーとかを求められない場所なら」


 エルフさんは、と二人の視線を浴びたエルフは壁に向かって呟いていた顔をギギギと二人の方角へ向けて、でも、決して目は向けずに。


「…………美味しいところなら」



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