第17話 カバ!



『あ、そっか。逃げてくるんだった、この人……』


「……っ」


 エルフさんの顔が強張るのが見えた。

 こんな可愛らしい顔が憎しみの色に染まるなんて、さすが『好まれないタイプの悪役さん』だこと。

 そんなでっぷりとした悪役は、にた、と頬肉を持ち上げた。


「舞台からこっちに来てみれば……奇怪な魔法使いと……エルフ。お前がいるとはなぁ! さっきの電流も効いてないらしい……さぁて、何をやったのかなぁ~?」


 声色を読むと「エルフさん」を探しに来たと取れる。

 怪しい色に光る瞳は、エルフを視界に収めて外す気配がない。


「もう舞台上はいいのか? おっさん」


「質問を答えろぉッ!」


「質問に質問を返すなァッ!!」


「返してないだろうがッ!」


 遠目でも、ひくひくと口角が虫みたいに動くのが見える。


「なんでそんなに余裕なんだ? 海藻頭の魔法使い……それも、上玉の奴隷を捕まえて、逃げれると思ったのかぁ?」


「……俺それで認知されてるの?」


「こっちには、コレがあるんだぞっ!」


 懐にしまっていたボタンを手にした。

 出し方はまさに伝家の宝刀。彼の中では、アレがエクスカリバーなのだろう。


「うわ……すぐ暴力しようとする」


「いいところまで来たようだが! 逃げようとした罪で、お前らは五体満足では売りに出さないぞ! 元より……エルフは、殺すつもりだったがなぁ?」


 視線で嘗め回し、クゥと脂肪でたゆむ喉を鳴らす。

 嬉しさを噛みしめるように分厚い下唇を噛みしめた。


「後悔しても遅いぞ……? 散々使い回した後に――スゥゥゥゥ――コレクターに部位ごとに売り飛ばしてやる算段だぁ」


 ボタンと共に出したエルフさんの髪の毛を吸って、恍惚の表情を浮かべる。


「……もうアンタのニオイしかしないだろソレ」


 騎士王によって酷く消耗させられていた顔は、元気を取り戻したらしい。高笑いが荒い息遣いの狭間に聞こえて、不快感を駆り立ててくる。

 頭の中では、エルフさんをあんなことやこんなことで慰めモノにしていることだろう。


「お前もだ! 魔法使い! 貴様は、物好きな研究員たちに送り飛ばしてやる!」


 念願の敵を追い詰めたように唾吐きながら笑う奴隷商は、取り出していたボタンを見えるように突き出した。


「無駄な努力、ご苦労様だぞい! これで、おしまいだ!」


 高々に掲げたボタンを、太い指で――ポチ。


「ははははっ!! はは……は、え?」


 聞こえてくるはずの轟音。

 だけど、返ってこない反響。


「………………あぇ?」


 ポチ。

 ポチ。ポチ……。


「どうした? ?」


 奴隷商は、ボタンから目を上げて……二人の姿を睨み上げた。

 二人は首輪に手を入れて右側にスペースを作っていたのだ。


「……っ貴様らぁ……ッ! どうやって、それを知ったァ!!」


「俺、魔法使いなんで……悪いね?」  


「っっっっ――!! ええい! アイツらを止めろ!! この際、傷をつけても構わん!!!」


 傍に立っていた警備員たちは、溜め込んだ苛立ちを露にして追いかけるケモノのような形相で、直線の通路を全速力で詰めてくる。

 これで、あの二人の商品は絶体絶命だ。

 なんていったって、あの扉は決して開くことはない。

 暗証番号を知っているのは、奴隷商と一部の傭兵のみなのだ。


「はははは――っ! そこは行き止まりだぞぉい! 魔法使いとエルフがその暗証番号を知ってる訳もない――」


「知ってるけど」


「……は?」


 そこでようやく、ミタはボタンから手を離した。

 すると、聞こえた……ガチャという扉の開錠音。


「……なっ」


 それは、拍子抜けな音にも聞こえて。

 決定打のような一撃にもなった。


「な……んで……開いた?」


 じわじわと、焦りが顔に浮かんでくる。

 顔中に汗が溢れ出てきて、光沢を塗装していく。


「なんで、知ってる……ッ それを、どこで聞いたァッ!?」


 ゆっくりと開く扉が運んできた新しい風が、魔法使いのぼさぼさ頭と翡翠色の宝石の短い髪をふわりと巻き上げる。

 ひんやりとした感触が、地面を伝って、足元にまで及んで。

 熱を持った体に『現実』を突き立ててくる。


「……おれ、優秀な魔法使いだからさ」


 笑った。

 魔法使いは、憎たらしく、笑った。

 一番の商品を隣に置いて、くつくつと。

 手首で波状に動く『文字』をこちらに見せながら。


「そんな、そこの暗証番号はワシらしかしらないッ!! お前が知ってるわけがないッ!」


「えー……イリュージョンです。頭の中が覗けます……ってのも冗談だ。コレが異世界モノの特権の『チート能力だよ』オッサン」

 

「ふ、ふざけるなぁぁぁぁぁッ!!!!」


 どれだけ罵ろうが、

 どれだけ否定しようが、

 現実――扉は開いてしまっているのだ。


「ぐぅっ……」


 扉から差し込む光は、後光となって二人の姿を強調している。

 エルフの翡翠色の輝きを、一層明るくさせて、

 ミタのせせら笑いを、やたら上機嫌のように見させてくる。

 

「あ、そうだ。エルフさん、さっきのヤツ言ってやってよ」


「?」


「ほら、オタクの前に言ってたさ」


 あ、と可愛らしい声を零したエルフさんは、でっぷりと着いたお肉を不快に歪ませている奴隷商人を睨み上げた。


「……逃げても無駄だぞっ!! この街にいる限り、わしにすぐ情報が入る! だから、逃げても――」


「ばか」


「むだ、だぁ……あ? お前、なんて、言った?」


「ばか!」


 奴隷商の口がひん曲がった。

 オークのように醜くなった顔には、青筋があちこちに浮かび、震えながら噛んでいる唇からは血が滲み出ている。


「きさまぁぁぁあ……っ、誰のことを馬鹿にしてるのか分かってるのかあぁぁぁぁあっ!? 私はこの国で、いちばんっ――」


 制止しようとしていた男達は、どうすればいいのか分からずに立ち止まって、


「止まるなァ――ッ!! 追いかけろ!!」


 ミタはその姿に、くくく、と笑った。


「エルフさん、もういっちょ」


「……かかってこい、ばーか!」


 べぇ、と舌を出した彼女に奴隷商はなんて叫んだのだろう。

 エルフの髪を握りしめたまま、なんて罵ったのだろうか。

 閉じ切った扉が遮ってしまったから、もう聞こえることはないけど。

 

「ナイス、スッキリした」


「カバ、オタクさん」


「……まぁいいや。後で訂正するよ」


 扉は閉めたら暗証番号がリセットされて、再度入力になるシステムらしい。あの円盤鍵を動かすのは一苦労だろうから……。

 

「疲れたぁ……色々あり過ぎて。でも、この状況最強すぎる……」


 手首の上で三次元的に波を打っている『ドミネーション』を見て、ミタはせせら笑いを浮かべた。


「オタクさんのソレは、魔法?」


「あ? いいや……まぁ、うーん」


 エルフさんに分かりやすく言うならば。

 

「精霊みたいなもの、かな?」


「全然違う」


「急に流暢じゃん、え?」


「言えない事情があるなら、仕方がない、です」


「あ、スルー。……そー、そー、仕方がないのよ」


 緊張の紐が切れたような気がして、壁にもたれかかった。

 外の空気はなんだか久しぶりな気がする。

 ゴミが散らかっていて、若干治安が悪そうだけど……隣で息を切らしているエルフさんがいれば、どこでも花園に早変わりだ。

 

「とりあえず、この首輪は気を付けていこうか。次、いつ電流を流されるか分からないから」


「うん……」


 ほぅ、とため息をついて落ち着いていると、エルフの長い耳がピクと動いた。流れるように、大通りに続く細道を見つめる。


「……なんで、ここに」


 ミタも遅れて硬直しているエルフのように街路の方を見ると、

 なんだか既視感がある光景があった。


「……うっわ」


 薄暗い路地裏からは、街路から差し込む光はとても眩しく。

 その後光を背負って、背筋を正して立っている人影。



「――――初めまして」 


 

 だが、使い古された登場方法で興奮するような単純なオタクじゃあない。

 ここぞって時に光るのであって、ずっと同じ登場の仕方は冷めてしまうというものだ。


「…………」


 最高に嫌そうな顔を浮かべるミタ。

 視線の先にいたのは……。


「好感度最低値男……」


 あの赤髪の騎士王様だ。

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