第16話 急募、美人への耐性の付け方
そこからは、警備員たちから隠れながら進んでいった。
隠密ミッション系のゲームはそこまで得意ではないが、今はそんなことも言っていられない。
ここでバレてしまったら、この世界で『死ぬ』ことになる。
だから、ダメだ。
転生先で『死ぬ』ことは、最大の議題になっているのだ。
元の世界に戻るなんてナンセンス。
そして魂が普通に天上に召されるのも嫌だ。
最初からリスタートするのもお断りをしておきたい。
基本的に『死ぬ』ことはマイナスなことしかないのだ。
「死ぬのは勘弁、勤勉、沈殿、万年元年だ。まだしたいことが沢山ある」
到底理解できない呟きを理解しようとするエルフさんの頭を置いて、ミタは曲がり角を曲がっていく。
『裏路地に繋がってる扉から逃げれば、追いかけれない!
外に出たら、やることがあるから――……。
その後は、流れに身を任せたらいいよ!
とりあえずは、扉から出て、その後にすることをしっかり覚えておいて!』
うろ覚えの『ねぎねぎ』の声の通りに歩くこと十数分。
脳内では、壮大な脱出劇がクライマックスに近づいてきた。
「なにここ!? えっ、あっ、いや。確か」
「ちょっと、カバオタク、さんっ」
「人間のオタク! こっち! ほら、やっぱり……って」
そうして行きついた先にあったのは、大きな白色の扉。
扉の前には、グルグル回して数字と文字を入力する――円盤の鍵があった。
「うわっ、冷凍庫もしくはダンジョンの扉みたい!」
この感想が真っ先に出てくるのは『ラノベ中毒者』か『スーパーでアルバイトをしたことがある奴』くらいだろう。
「えぇっと、知らない人は出入りできないように番号が設定されてて……一つのボタンを押しながら動かして……」
回すことが出来る円盤上の矢印と、扉に刻印されている外側の文字と数字を合わせる度にボタンを離す。
そして、また押して次の数字と文字に合わせて……。
「昔にやったゲームに構造が似てるな……作者、もしかして同年代か……?」
「オタクさん、開け方、わかる、ですか?」
「開け方? 分かるですよ。エルフさんもある程度聞いてたんじゃないの?」
聞いてたけども、みたいな顔で肩を抱いてしょんぼり顔を浮かべるエルフさんに、
「任せて。この先のこと、全部知ってるから」
どや顔を浮かべるミタ。
ドミネーション、思ったよりチート過ぎて笑う。
「頼ってくれたまえ、ぜひ、どんどん頼ってくれ」
地球では殴られそうなその顔も、エルフさんの瞳には好感を持てるように映ったようで。
「頼れる、オタクさん、カバ」
「そうじゃない、さっき言ってたでしょ。違う方、思い出して」
「バカ?」
「あぁん?」
「にんげん?」
「そうそう――……って、ウォ!?」
手元を覗いていたエルフさんに思わず、ドキリ。
「ん?」
見上げられ、状況も状況なのに胸が苦しくなってしまう。
上目遣いのエルフさん、なんとも破壊力が凄まじい。
「――――どうしました?」
濾しに濾された混じりっけのない透き通る声。
たどたどしいが、最高に良い。ベストオブ、声。
「オタクさん?」
「んっっっっ――!!!! んんん…………っ、んっ!」
必死に唇を噛んで、目をギュッと不細工に瞑って、自我を保つのに必死だ。
こうでもしないと、心臓発作で担架で救急車まで運ばれてしまうだろう。
「……っぅ」
そろそろエルフさんの容姿に慣れないといけないのは知ってる。
だけど、二次元の絶世の美女が上目遣いで覗き込んでくるイベントで耐えれるオタクがどこにいるだろうか?
いる訳ないだろ。ふざけんな。
そんな奴はオタク紳士失格だ。
「オタクさん? バカ? えー……カバ!」
なんだ、可愛いなコイツ。人の気も知らないで。
こういう時は、あれだ。素数か円周率を……いや、このダイヤルの数字をぶつぶつ言っていけばいいのか。そうか。
「……『54・22+4403✖2』『54・22+4403✖2』……」
これで、冷静になれ、ぼさぼさの頭よ。
「オタクさんは、バカ……?」
「あってないよっ、そうじゃないよっ?」
「なんで、こえが高くなったんですか?」
『ミタさん、はやくしないと!』
耳が幸せ過ぎて、そろそろ税金がとられそうだ。
「ううっ……異世界転移、さいこうかよ……っ」
「でも、回し方が……」
「だいじょうぶだよっ?」
『ミタさん……声が有名なネズミみたいになってるよ」
瞑っていた目をゆっくりと開けて、エルフさんを視界に収めないようにして、深呼吸。
「……ふぅ、回し方なんて任せとけ。これくらいの力作業、なんてことない!」
調子を戻したミタは大きな
ギチッ、ミシッ。
見かけよりも動かない円盤鍵を、ゆっくりと、ゆっくり、回していく。
「『54』……『・』……『2』、『2』――」
数字が会う度に、ボタンを外す。
カチリ、カチリと円盤鍵の向こう側でロックが一つずつ外れていく音が聞こえる。
このまま行けば出ることが出来る。
「……」
カチリ、カチリ。
軽くて重たい音が、遠い向こう側で感じる。
そんな時に、ミタの頭は、物思いに耽っていた。
(……これが終われば……出れる)
だったら、この後は、自由になる。
(だったら……なにをしよう)
今までは、流れでこうなっただけ。
モブキャラだから、別に大義名分を掲げることなんてない。そもそも魔王退治やドラゴン退治なんて、決められたレールなんてない。
「……」
だったら……この世界で、何をしたらいいんだ?
プロローグ的な展開の後に、メインクエストが無くなるようなものだ。自由度の高いゲームは、路頭に迷って仕方がない。
それに……ミタは、今後の人生を自由に決めれるほどの力は持ってないことが分かっている。
「――――…………」
「オタク、さん?」
覗き込んでいたエルフさんに目をやり、ふ、と笑った。
何を考えているんだろうか。今、必要な思考はそれじゃあないだろう。ミタは真剣な色を帯びていた瞳を閉ざして、普段の色を帯びさせた。
「出たら、色んなことができるなーって思っただけ。でも、迷っちゃってさ。エルフさんは何をしたい?」
「わたし……?」
「うん」
「……わたし、は……」
「……?」
ミタは首を傾げた。思ったより、エルフさんから良い反応が返ってこなかったからだ。
「もしかして、外に出たくない?」
ぱっと思いついたしどろもどろな反応の答えを言いながら顔を近づけたミタの顔が、大きく見開いたエルフさんの瞳に大きく映る。
思わぬ接近に声を詰まらせて赤面したエルフさんは、ぽろ、ぽろ、と困惑の言葉が零し、その口をギュッと閉した。
「え、ホントに出たくない……の?」
瞳と瞳が交差する沈黙の間。
それを破ったのは、後ろから微かに聞こえてきた声だった。
「え、待って、誰か来てる?」
『えっ、嘘ぉ。まだ広間の方でヴァルフリート様が暴れてるはずだけどぉ……』
「ねぇ、何そのキャラ。まだ浮足立ってます?」
『ちょっと今、ヴァルフリート様の登場を見直してるトコ』
「うわぁ」
『ミタさんの声が思ったより入ってて、ちょっと笑ってる』
「悪かったね」
でも、こんなところに人員を割ける訳がないんだけど――『ねぎねぎ』の声を聞きながら、ミタはダイヤルを回していく。
――……+44……
カチッ、カチッ。
――……03✖……
「オタク、さんっ、すごい。もう少しです」
「あぁ、あと、ちょい……で」
「貴様らぁ! そこで何してるぅっ!??」
後ろから聞こえてきたのは、あの声だ。
でっぷりとした腹と顎肉が震えて出ているような……奴隷商の声だった。
「おー……うわぁ、お出ましだな。オーナー」
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