第15話 逃走劇の始まり


 舞台上では、そんなミタ達の動きがきっかけで奴隷たちが混乱で逃げまどっていて、観客席では騎士王が二人の姿をチラと視界に収めていた。

 

「ヴァルフリートさんっ、よそ見は!」


「あぁ……何の問題もないさ」

 

 敵の振り下ろしを鞘で受け止めて、重力のまま振ってくる顎を肘で突き上げた。


「…………」


 それらを背中に背負うミタの頭の中では『ねぎねぎ』の言葉が繰り返されていた。

 

『いい? ここの逃げ道は、大きな扉のトコロから!

 ちなみに、ミタさんが連れ込まれたのもそこから!

 ただ一つ、間違えちゃいけないよ! 道は複雑だから』

 

 肝臓みたいな色の舞台裏を抜けると、そこは広大な通路が待っていて……足が止まった。

 

「時代設定は、中世のはずだが?」


 どんな小説だ。

 奴隷オークションが開かれてる場所って、普段は、もっと、こうカモフラージュとかされているのかと思っていたのだが。


「作者ぁ、中世にこんな建築技術はないはずだぞ。ちゃんと勉強しろよ……!」


 この建物は、学校の体育館にある舞台裏なんてもんじゃない。

 番組とかを放映するところの舞台裏だ。放送局の中に迷い込んだ気分だ。


「とりあえず、真っすぐいって……ここ右!」


「みぎ? ほんと、ですか?」


「あ、左だった」


「うぁ」


 道に迷いながら、脳内で『ねぎねぎ』の声をリピート再生。


『一個ね、めちゃめちゃ似たところがあってさ。

 スーパーとかで荷下ろししているトコロあるでしょ?

 トラックとが止まってるところ、そんなところがあって。

 そこだけは間違っちゃダメ! そこだけは絶対!

 そこは今、主人公たちの仲間と敵がバチバチ戦ってるから!』


 足がやっぱり軽い。

 『羽が生えたよう』が、比喩になる理由が分かる気がする。

 一歩一歩が軽い。

 枷が着いているというのも、全く気にならない。


「……路地裏に繋がっている扉、から逃げる」


 ぶつぶつと言いながら駆けるミタ。


「――あっ!」


 そんな彼の手をエルフはグイっと引っ張って、反動でミタは盛大にひっくり返った。


「え、え。え? え? いたぁ……え? この歳で尻もちは痛いんですが……」


「しっ《――――》」


 エルフは何かを口にして、ミタを覆うように端っこに蹲った。


「おしたおされっ」


 その時、ふに、とした感触がミタの体に触れて、ミタの血圧は跳ね上がった。

 

「――っ!」


 エルフさんのお胸の下敷きになってしまったのだ。

 これは、あれだ、捕まる奴だ。

 ハーレム系物語である、鈍感主人公ならばよかったものの、ミタは鈍感どころか敏感主人公である。


「いま、死ねるなら、本望だ」


「しーっ! オタクさん、しーっ!」


 その上、耳元でエルフさんの声が追加されるオプション付き?

 無理なんだが? 

 そんな幸せな時間を打ち切ったのは、曲がり角から聞こえてきたドスドスとした足音だった。


「息を潜めて」


「っ……」


 警備員たちだ。

 何十人もの男達が武器を片手に舞台の方へ走っていく。


「騎士王が来たって……?」

「くそ、なんでこんなタイミングに」

「だが、アイツも無事で終わる訳がない」


 かくれんぼしてる時、前に鬼が通り過ぎるときの感覚。

 やばいほど、ドキドキと心臓が鳴ってる。

 この高鳴りの正体は……


「――――っ」チラと胸を見て、ギュッと目を瞑った。


 この高鳴りは、エルフさんの胸に手が当たってるけど、それじゃあないはずだ。そのせいじゃない。うん。ミタは紳士なのだ。そんなちっさな事で動揺するほど――あ、いや、エルフさんの胸がちっさいとかそう言うのではなくて――……。


「………行った、かな? あ、まだだ……」


(とりあえず、これはあれだ『精霊』という手品だ。どうやら、俺とエルフさんの姿は見えていないらしい……うん)


「……」口を閉ざしたまま、喋っていい? と合図して。


「……」ダメだよ、と首を振られた。まだいるらしい。


 少し遅れて走っていた小太りの警備員がドスドスと大斧を担ぎながら通り過ぎるのを横目で見て、ゆっくりと立ち上がった。

 

「ありがと、エルフさん……姿を隠せるんだね」


「そんないいものじゃないです。下を見たら、見えてたと思う……これは――」


「あ、説明はまた後で。多分、小説とかならすごく説明してくれるかもしれないけど、時間がないんで」


「しょうせつ、です? なに?」


「――――!!」


 ずい、と近寄ってくる翡翠色の宝石。

 手に残っている、胸の感触。

 間近で見る、エルフの唇は艶やかで。

 目なんか、ちょっと怯えているように震えていてかわい――


 ゴツン。


 ――ミタは、通路に頭をぶつけた。


「オタクさんっ!?」


「……うん。うんうん。

 可愛いのは分かった。

 分かったから、次に行こう! どこまで来たっけ……」


 おでこに血が伝うミタは、冷静を取り繕うのに必死だ。

 こんな美女の護衛ミッションなんて、今後一生ないのだ。


「血が……」


「うん、大丈夫。これ、汗だから」


「あかい、ですけど……」


「カバって赤い汗かくんだって、すごいでしょ。

 多分、それ、俺なんだよ。

 凄いでしょ? 俺も凄いと思うもん。

 だから、足速いのかな、はは」


「カバ……オタクさん? カバオタクさん……」


 こてん、と首を傾げるエルフにミタも苦笑いを浮かべて先に進もうとして、


『ミタさん、エルフ……さんっ!』


 『ドミネーション』から聞こえてきた『ねぎねぎ』の声に、思わず体を止めた。


「あー、ねぎさん? 俺ってカバらしいよ。凄いでしょ。赤い汗が出てさ――」


『いいから、今すぐ首輪の横を掴んで! 空間を少しでも作って!』


「くびわね。この首輪を……え?」


『電流が、くるから!!』


 我に戻って掴んで離すと、すぐにバチッと電流音が響いた。

 ミタの顔から色が無くなっていく。


「……」


「……」


 エルフと顔を見合わせて、はぁ、とため息をついた。


『よかったぁ……時間的にあの奴隷商オジサンがスイッチを押すかと思ったけど……』


 どうやら、舞台上で暴れた奴隷たちを沈めるためにオーナーがスイッチを押したらしい。

 冷や汗が背筋に流れた。赤い汗じゃないことを祈ろう。


『あと、ミタさんはカバじゃないよ。人間だよ。一般人。この世界ではモブキャラだけど』


「そっかぁ。よかったぁ」

 

 にんげんオタクモブキャラさん――ってエルフさんが呟いているけど、触れないことにしよう。


「それにしてもタイミングばっちしだった……! そんで、首輪の設定ガバガバかよっ! でも、助かった! ありがと」


『急いでね! 時間とかもないと思うし! 後のことは覚えてる?』


「もちもちの森」


「そんな森があるんですか?」


「日本にはあんの、もちもちしてて。切り絵で」


「……オタクさんはオモシロイことをいう」


「でしょ」


 くすと笑うエルフを連れて、ミタは歩き出した。

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