第11話 この感覚ッ、音楽発表会ぶり!
奴隷オークションだというのに、ミタが観光をするような足取りだった理由は「ミタが観光をすると緊張感で体を動かせなくなるから」とかそういう理由ではない。
ある意味、この後の展開が読めているからでもない。
余裕な理由は『このオークションでは一人しか死なない』と聞いていたからだ。
その一人も襲撃中に死ぬ訳では無いらしい。つまりはこの場から去るまで、ミタの安全は確保されたということだ。
ならば、なるほど。
演劇をみるように。
観光をするように。
お芝居の役者の一人として、振舞えばいいのだな?
その話を聞いた時は、いつものしたり顔で腕を組んだものだ。
その上、この後の展開が予測できている――とキタ!
なんて! まったく! 簡単なお仕事なんだろうか!
主人公たちが来るまで、我が物顔でステージ上に立っていたらいいんだろう?
そんな余裕で踏み出した一歩だったというのに――……。
――ブワッ。
舞台袖からこちら側に『余裕』は着いてきてくれなかった。
確かに、そこは安全なのかもしれない。
死ぬことはないのかもしれない。
だが、これは、想像をしていたよりも……現実だった。
「――――――!!?」
舞台上に立ったミタの顔は、なんとも形容しがたい感情を映し出していた。
空間が何倍にも広がった感覚!
そこを埋め尽くす人――人――人!
――真っ赤――
ライトに照らされ、観客の身に着けている宝石がカメラのフラッシュのように明滅して。
目だ。
目だ……!!
目が、全部、舞台上の二人に向けられている。
全員が、全員が――こっちを見ている。
面接の濃度を極限まで高めたような空間に、体が磔をされたように動かすことができない。
息ができない。
息を吸うって、どうやってたっけ……?
腹部の上に重石を乗せられているみたいだ。
腹が軋み、肺がからっぽになって、汗が押し出されるように噴き出てくる。
「はぁっ――はっ!」
声がまともに出ないミタと同じく、観客も息を潜めていた。
無言が真空のように、酸素を有毒へと変えていく。
直立不動のまま、居心地の悪い空気が流れる。
先生が怒った時の対応に困った生徒のように。
地獄のような雰囲気の中で、ミタはジットリと背中のシャツに汗が滲むのを感じた。
そりゃあそうだ。
こんな注目を浴びることなんて、今まで一度もなかった。
モニターの前で見ていた『奴隷オークション』なんかじゃ、補えない程の、
――立体感。
――臨場感。
――躍動感。
ざわざわと口を開きだした観客の声が、向こう側で鳴っている歪な雨音のように感じる。
――なんだ、これ……やばい。
演技を忘れたわけでもないというのに、心がざわついて、視界に黒い斑点が渦巻くような感覚が襲う。
――なに、するんだっけ。
正解の動きをしたほうが安全では――
――だって、相手はこんなに多く。
いいや違う。正解なんてないんだ――
――でも、だったら、何をしたら。
「――……っ」
混乱する脳内を落ち着けるために、隣のエルフを見ようとして――
爆発のような歓声が響いた。
「――!!?」
奇跡の逆転劇を目の当たりにしたように。
存在することのないモノを見つけた時のように。
観客の脳みそはようやく、舞台上に立っている商品の存在を認識したのだ。
「エルフだ――ッ!!!」
それらの声と視線と顔は、もはや人間のものではなかった。
『商品番号20番から、先にご紹介をさせていただきます。古も古、この世界が生まれた時から生き抜く森の民たち……エルフは精霊の子孫と言われています。このエルフはその中でも飛び切りの上玉! 上のエルフ――』
また、爆発が起こった。
『エルフの上位種! 種族昇華の最たる地に立つ者! 神代を生き、時代を観測して来た者。まさに、生ける歴史! そんな彼女は――本日の最上級クラスの商品となっています! 皆さん、財嚢の準備は大丈夫でしょうかあ!?』
上機嫌なアナウンスの声に、観客はどっと笑った。
そんな名前も分からぬ地獄の中、ミタは隣にいるエルフを横目に見た。
ライトに照らされた彼女の輝きはまさに『ハイエルフ』と表現をするしかなく、筆舌に尽くしがたいもので。
『――では、引き続き20番の紹介へと移りましょうかっ!』
熱を帯びた視線が、そのままミタに移った。
「――――」
知らない他人の頭と、これまた他人の体をくっつけられたような気分だ。
アナウンスが何を言っているのか分からない。
自分の心臓の音だけが聞こえる。
――ドクン、ドクン――
動かない体に必死に血液を送ろうと頑張ってくれている。
なんだかそれが、空しく聞こえて。
「…………」
そう思っていると、また観客席が爆発をした。
アナウンスが丁度終わったらしい。
「……これ、ダイジョウブなんですか?」
刹那、縫うように耳に入ってきたのは鈴の音だった。
その鈴は、震えていた。
エルフの口は引きつり、開いている瞳孔は、観客から目を離すことを許してくれないらしい。
その言葉に返答返すのには、時間が必要だった。
「……っぁ」
口の端に粘着質なモノがべったりついている感覚。
それでも頑張って口を開くと、ネチャリと気味の悪い音が鳴った。
「…………ダイジョウブダヨ」
本当か?
これは、大丈夫なのか?
「ダイジョウブな……はず」
ミタも観客席から顔を離さないまま、自信なさげに答えた。
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