第10話 異世界✖異性はもう分からんよ?


 ――エルフさんのあの声。

 

 内容が伝わっていなかったのだろうか? 

 何も変わらない? いや、変わるでしょうよ。


「……うーん」


 なんなんだろうか、この感じ。

 対人でのコミュニケーションに障害を抱えるミタは、他人の微細な感情を言語化するのが難しい。

 喜怒哀楽で説明できない感情があるのは理解しているのだが……。


「ましてや、他種族で、異性の考えることなんて……『筆者の気持ち』よりも分からん。現代文ならぬ、異世界文学、ないしはファンタジー文学……」


 悩もうとして、ミタは思考を放棄した。

 頭を唸らせても、その度にステージ上に鳴り響くアナウンスの声と囃子が遮ってしまうのだ。騒音被害どころではない。

 

「……自分は、自分のことを考えるか」

 

 昔にあった『漫才の頂上決戦』で流れていたような曲調を耳に残し、現実を見ることにした。


「それにしても……」


 ――新鮮だな、こっち側は。


 今は、ステージ上の袖の奥で待機をしている状態だ。


 今日の主役は「商品」である、ミタ達だ。 

 けれど、子どもの頃に体験した『学習発表会』のようなノリではないのは確か。

 観客たちオーディエンスは信じられない程の盛り上がりを見せているのだが。


「演劇というよりかは、陽キャの葬式みたいだ」


 陽キャは観客。棺桶の中身は『商品』だ。

 その感情の温度差たるや。 

 そんなズレた雰囲気の中、ミタは他の奴隷たちの面持ちとは一風違って……観光地に来たような顔で立っていた。

 

「うん。なんだか、ワクワクする」


 小説やアニメで見てきた奴隷オークションは観客側の視点や、主人公側が潜入した視点ばかりだった。

 こうやって、押し出されるように舞台上に顔を出していく視点なんて見たことがない。


「まぁ」ミタは重たい手を持ち上げて、手枷をイヤそうな目で見つめた。「映えないのは確かなんだけどネ」


 手枷の輪に鎖が通され、胸元に張られた番号順に舞台上に顔を出していく。

 たったそれだけだ。

 新鮮味はあれど、三人称視点で見た時に面白みは感じない。


「まぁ、待っていてくれたまえ。この後は盛大な救出劇が待っているんだから」


 ミタは猫背を更に丸めて、顎を尖らせたまましたり顔を浮かべた。



『オークションの中盤に、主人公たちがそのオークションを摘発しに来るわ! その隙に逃げれるはず!』



 ――場は大混乱。

 ――貴族たちは大慌て。

 ――主催者側は隠匿で奔走。



(……うん。妄想イメトレ105回目成功。大丈夫だ)



 瞼の裏を見上げ、長く息を吐いた。

 『ねぎねぎ』の言葉を反芻し、妄想イメトレをする。

 これでもう、この作戦に一片の狂い無し! 

 


『――主人公たちの目的は褐色美女の救出。名前はゼーレチカ! みんなからはチカ! ゼーレ、ゼレニカ。えー、っと、外国人の愛称みたいな感じ?――で! 主人公たちの幼馴染……孤児院出身の……これは涙なしでは語れないのよぉ……この小説のお気に入りの話で――』



 後に続いた『ねぎねぎ』には珍しいオタク特有の早口を飲み込み、ミタは目を据わらせた。

 そうだ、忘れていた。

 


(ここの列には、少なくとも美女が二人いる……)



 主人公たちが危険を冒してまで助けようとする褐色美女。

 この世界において超貴重で、容姿が宝石のようなエルフ。


 まさに、ヒロイン枠。


「ぜったいヒロイン枠だ。そうに違いない」


 ミタはやたら大きな唾を飲み込んだ。


 ――どうしても顔を拝みたい。


 アニメや漫画のような平面の世界で見るのではなく、直接聞こえるこの三次元の世界で彼女たちを感じてみたい。


 ――それが、この世界に来た奴の特権だ。悪いな、世のオタクくん、オタクちゃんたち。ふふ。

 

 ミタは人の背中の向こう側に見えるステージを見ようとして、右斜め前に立っているに睨まれ、顔を固めた。


「……はは、なるほどねぇ」


「……」


「……ふ、ふ~ん。俺は『19』で。今の舞台の人らは『15』と『16』……だから、次の次が俺の番かぁ~。だったら、後ろはエルフさんで『20番』とかかな? どうかな? そうじゃない? あ、そうだ。もう一人、褐色のさ、美しいヒトがいるらしいんだけど――」 


「黙って並んでろ」


「……返事もしない方がいい?」


「黙って並んでろ」


(NPCか? 同じセリフしか設定されてない……のか、かわいそうに)


「――っと」前の前のグループが終わったらしく、ミタは前に進んでいった。「どうもぉー……あはは」


 ミタは横目でに手をヒラとさせて、愛想のいい挨拶をしておいた。これで、好感度上昇間違いなしだ。


「……ふぅ」


 だが、それ以上、ミタは周りを確認しようとはしなかった。


(変な動きをしたら、首元の枷が電流を流すとかって言ってたからなァ……)


 さっき、後ろを振り返って列を乱した男が黒煙を口からぷかぷか吐き出しながら崩れて行った。

 比喩なんかじゃないぞ。

 雷が鳴ったような音が体内外から響き渡り、男は白目をひん剥いていたのだ。

 

「――大事な商品にキズをつけようとするからだゾイ! この、下級戦闘奴隷がっ!」


 ここの主催者が嘲りながらも陽気に叫ぶ姿。

 その手元にはスイッチのようなものが握られていた。

 感情によって電流が流れるなんて大嘘だ。手動でぽちぽち押しているだけ。

 それを警備員のおじさんが持っていないと断定するのもあほらしい。

  

 の好感度を気にするなんて、どのギャルゲーにもない設定だぞい。

 

「くそぅ、せっかく美女を拝める機会だったってのに……」


 モブであるミタは時間の経過を待つだけ。

 今頃、主人公たちは壮大な計画を練って、この奴隷商の全貌を調べて色々しているというのに……。



「――相変わらず、独り言が多いですね」



 突如に聞こえたエルフの声にミタは背筋を伸ばした。

 


「大丈夫です。オタクさんにしか聞こえないようにしてます。……小さく話してくださいね」



 焦りを浮かべたミタに優しい声で。でも釘をさすように。

 すんなりと耳に入る声に、ミタは折角伸ばした背筋を丸めた。


「……また、精霊とかいう手品かな?」


「手品違う。オタクさんは物分かりが悪い。……でも、アタリ」


 『オタクさん』と綺麗な声で言われるのは、自分の名前ではないというのになんとも耳障りがいい。

 オタクに優しいギャルならぬ、オタクに優しいエルフはいたのだ! とガッツポーズでSNSに自己満足の投稿をしたくなってしまう。


「で。なにか用かな?」 


「オタクさんはおもってたより、普通の顔、ですね」


「一回も顔を合わせてないでしょうよ」


「チラと見えましたので」


 可愛ければ何を言ってもいい訳ではないぞ。


「……話は聞いてたんだ――でしょ? 耳が良いから」

 

「はい。それは、もう、全部」


 ならば良いじゃないか。

 今さら話すことはない。

 

「その割には、さっき不安そうだったけどね」


 不安で押しつぶされそうな声はどこにいったのやら。


「……只人ヒトには分からないですよ。この感情は」


 ミタはステージ上で値踏みをされている二人組を見て「ふーん」と鼻を鳴らした。

 品定めが終われば袖にはけるのではなく、音楽祭のように奥行のある舞台の奥に並ぶらしい。


「……ほんとは、俺の言葉を信用してないとかそういうのじゃないの?」


「それもあります」


「オイ」


「とりあえず、ワタシは勝手に聞きました。それだけは、覚えておいてください。逃げるも、逃げないも……ワタシの自由です」


 やはり、異世界文学は必要だ。

 なんだその強調の言い回し。


「……はーい?」


 適当に返事をしていると、前の二人組が舞台の奥の列にまとまっていくのが見えた。


『はーい! それじゃあお次がラストの組になります! 次の商品は皆さんご待望の上玉がいますからねーっ! それでは、御入場くださーい! 珍しい魔法をつかう『魔法使い』と『エルフ』の登場でーす!』


 気さくなアナウンスのあと、陽気な囃子が鳴り響くとミタとエルフは口を閉ざした。


 ――出番だ。


 歓声が聞こえる。

 二人は舞台上に招かれるように、舞台上に体を晒した――……。



 

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