第12話 ようやくだよ、まってたよ



 やがて、熱が引いた観客席はひそひそ声で溢れていた。

 皆が皆、隣に座っている煌びやかなご友人に耳打ちをして、笑って、こちらを品定めをするように眺めている。

 ミタもエルフもゆっくりではあるが、その場に適応をし始めていた。

 今現在は呼吸が自由にできて、視線を泳がせることができるようになったところだ。



「――その、魔法というのはどのような魔法なんだ?」



 観客席からの指摘に、アナウンスは用意をしていた紙面上の文字をなぞるような声で。


『その場にいない者と連絡を取ることができます! 運用方法としましては、遠隔地への派遣や調査などにうってつけかと。リアルタイムで声が届くとの話ですので、文書では何日とかかる場所に派遣をすれば有効に使うことができます』


 ざわついた。

 どうやら、通信魔法がない世界だったらしい。

 隣にいるエルフだって、驚いたような顔でこちらを見ているじゃないか。


「……まじかよ」


 ミタはその一言で、この作品を作った作者を呪った。


 ――なんで、古風ファンタジーなんだよ!!


 ミタの知っているラノベのファンタジーならば、空を飛び、山を一撃で崩す者がいて、瞬間移動なんてお茶の子さいさいだったというのに。

 これでは、人体解剖ルートにまっしぐら。

 魔法の研究のために実験材料にされる未来が明瞭に、明確に、はっきりと! 見えてしまう!

 


「今まで聞いたことのない魔法だ。……どのように使用をするのだ?」



 黙した視線は、冷めた刃物を首元にあてがうような圧と恐怖感を煽りたててくる。 

 教室で誰かが大きな放屁をした時に、皆が一瞬黙る瞬間があるだろう? あれが永遠に続いている状態だ。

 

 皆が、ミタの動向を気にしている。

 ミタが話すのを待っている。

 

 ミタはその重たい空気を飲み込んだ。


 どうしたらいい?

 なにを求められている?

 話は聞いていた。だけど、聞いていただけだ。

 脳みそが理解するまで、待ってくれないのか?

 

 これでもし選択をミスったらどうなる?

 死ぬのか?

 いや、死なないって聞いた。

 でも、死なないだけで、傷を負うことだってあるのでは。

 



「あ――……う゛ぇ゛」



 

 吐瀉物を吐き出すような声が出て、必死に口角を釣り上げた。


 ――好感度を下げたら終わりだ……!


 ギャルゲーではないし、殺されない世界だって聞いた。

 けど、現実世界だって

 そんなことを忘れていた自分を呪いたい。

 

「やってみせてくれ」


「うひゃい――ッ!」


 高圧的な声に、ミタの脊髄は抵抗を一切示さない声を口から放り投げた。


 ――やれ。


 これほどまでに、明確で分かりやすい命令があるだろうか。

 すぐさま、ミタは手首の『ドミネーション』に触れて――『ねぎねぎ』にライブ通話をかけた。


『――♪――』


 瞬間、聞こえてきた音に観客席はどよめいた。

 

 ――なんだその音は! 

 ――自鳴琴のような音が聞こえる!

 ――それが魔法なのか!?

 

 どよめきの中、ミタは背中の方から「その音、魔法を使っていたのか」と微かに聞こえた。


 が、今のミタにはどうでもいいことだ。

 

 でなかったら、ミタは有用性を示すことが出来ない。

 

 つまりは「やれ」と言われたのに「やれませんでした」と言うことになる!!

 

 ミタは、必死に手首を握って願った。


 どうかお願いだ。

 ゲーム中や、同時視聴中ではありませんように。


 『ねぎねぎ』はゲーマーで『グルチャ』の皆から引っ張りだこの少女だ。

 だから、個人通話なんて、そうそう出ることなんて――





 ――ぽこん――





 聞きなれた音が鳴って、ミタは顔を上げた。

 

『んんぅ? なぁに、どうしたのぉ……?』

 

「ねぎさん……っ?」


『うん。え? あ、おはよ。ちょっと寝てて……』



 ――今までで、一番大きな爆発が起こった。

 


『キャッ!? なに、えっ、なに!? 死んだ? えっ!?』



「――――声だ!!!」



『小枝? 小枝……え? なに? 声? いや――あ』



 その場にはいない者の声が聞こえたことで、オークション会場は興奮した大きな獣のような状態になっていた。

 荒い息遣いがすぐ近くで聞こえて、その圧は未だ健在で。

 一歩間違えたら、死んでしまうのではないかと感じて。

 

 現に、ミタとエルフはステージ上で尻もちをついていた。

 涙目で観客を見上げ、命乞いをするように呼吸を繰り返している。


 興奮する観客たち。

 恐怖する奴隷たち。


 だが、その空間で一人だけ冷静な人物がいた。



『オークション中……もう12日経ってたんだ』

 


 冷静に分析し始めた『ねぎねぎ』の声に、ミタとエルフは恐怖に顔を歪めながらも、いっぱいだった心に余裕を作り出そうとしていた。

 

『ミタさん。何番? 配信画面じゃよく見えなくて』


「……ぇ?」


 大きなBGMな館内でのコミュニケーションは至難の業だ。


『なんば――もうっ、うるさいなぁ!! みーたーさーん! 何番!!?』


「何番って……」

 

 ミタは耳を傾けながら必死に声を聞きとろうとして。何番、何番、と必死に脳みそに情報を送り届けていた。

 エルフも隣で少し体を傾けて、長い白雪のような肌の耳をピコピコと動かしている。


「番号って、あ、俺は19、19だよ」


『……19。最後ね。時間的には――……どれくらい、ステージ上に立ってる?』


「結構……ね、エルフさん」


「う、うん……」


 結構と聞いて『ねぎねぎ』はマイクの向こう側で悩むように声を捻っていた。


『……その世界は、ライトノベルの世界――時間は、リアルタイムに流れている……って言ってたよね』 


「う? うん。そう、そうだよ。でも、それが」


『だったら、多分、そろそろだ――』


 爆発している観客席の声が段々と止んできた。

 中には「何か話しているぞ」と耳を傾けようとしている者もちらほら見えだしていた。

 ミタはそれらを見て、冷や汗をかきながら体をせわしなく動かしている。


『タイミングはオークションの中盤――って確か、言ったよね? 言ってなかったっけ? 奴隷さん達の紹介と品定めが終わって、次の段階に移る前って』


「うん。聞いた。聞いたよ」


 何を話しているんだ? 

 しっ、静かに会話をしている。

 何の情報のやり取りだ? 

 もっと大きな声を出せないのか? 



『でも、本来ならミタさんはその場にいないはずの人……だから、想定以上に紹介が長引いてるはずで――……』



 スピーカーにしている『ねぎねぎ』の声が会場で響く。

 いつの間にか、それ以外の物音は聞こえなくなっていた。


 音量を下げることもせず、ミタとエルフは話を聞いている。

 観客席も演説を聞きいる学生のように、シンッと静まりかえっていながらも、これ以上ないほどの期待感が現れている。


 何を言っているのだろうか。

 何を言うのだろうか。

 

 それらの期待なんて感じ得ないまま『ねぎねぎ』はマイクの向こう側で満面の笑みになり、言葉を紡いだ。



『だから、時間的にはそろそろくるはず! 正義のヒーローが!』



「――お呼びのようだね」



 刹那、爆発が起こった。

 だけど、観客席の爆発ではない。 

 そのからの爆発だ。


 続いて聞こえてきたのは、乾いた衝撃音の歪な四拍子。


 観客席の向こう側の扉が蹴り破られたように飛び跳ね――中央の階段で乾いた音を奏でながら――ミタとエルフの間に轟音を鳴らして落ちた音だ。



「手荒な登場ですまない。あとで修理代は出しておこう――」



 立ち込めた埃がその声の主を隠そうとするが、観客席の者達は姿が見えるかのように息を飲んでその男を凝視している。

 だが、その目に浮かぶのは憧れや興味ではない。



 ――恐怖と畏怖だ。



 一歩踏み出した男の姿は――まるで、正義感に燃える炎のようだった。


 外の陽光を背負う赤髪の輪郭は燃え滾っているように見え。

 冷ややかな双眸は、一切の油断を宿していない。

 騎士の正装に腰に佩いている剣は既に抜かれて、陽光によって白銀色に輝いている。

 


 ――これは……すごい展開が来た。

 


 ミタは隣に落ちてきた扉なんて一切気にせず、その光景を見入っていた。

 だって、その姿はこの世界に来てまじまじと見た最初の人物の……妬ましいほど、イケメンな男だったのだ。

 


「『赤髪の騎士王……ヴァルフリート!』」



 皆の注目を浴びるイケメンはカツンと剣を地面に突き立ると、微笑んだ。


「――正義の神レクトゥスウィアの思し召しのままに」


 胸元の十字架に振れ、正義の子は祈りを謳った。

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