第13話 それミタがしたかったヤツ


「なんだよっ、それぇ! あいつ主人公かよぉっ……!」


 腰が砕けたままのミタは、脳内で勝利BGMをあてがってその光景に見惚れていた。

 

 ワクワクする。

 昔に絵本で呼んだ、正義のヒーローの登場だ。

 颯爽と現れ、悪を倒す、その姿はまさに。


「やばい……ギャルゲーの世界じゃなくてよかったぁ」


 ミタが釘付けになっている間に、ステージの袖からスッと人影が舞台上に現れていた。

 異常事態に駆け付けてきた警備員たちだ。


「騎士王……っ。どうしてここが……」


「アンタら……ちゃんとセリフが……」


 先ほどまで無表情だった彼らの顔色は、余裕が差し込む隙間なんてないほど真っ青になっている。

 同時、観客席に座っていた者達が武器に手を伸ばし始めた。


 だというのに、未だに胸元の十字架を優しく包んだまま赤髪の騎士王は動かない。


「……くそっ、聞いてないぞ……騎士王がくるだなんて――ッ」


 愚痴を吐き捨てながら、奥の席の一人が動いた。

 ゆらと自然に抜きさった抜き身の刀を振り下ろそうとして――

 擦れた金属音。


「――なっ」


 が武器を振り上げていた。

 その小刀の上を滑り落ちる刀は、暗い床に耳に響く金属音を鳴らして。


「ヴァル、フリートさん……! 目くらいは開けてください!」


「優秀な仲間が護ってくれるんだ、必要ないだろう?」


 ヴァルフリートは護ってくれた仮面の男を見て微笑んだ。

 そして、ゆっくりと目を開いて、会場全体を見渡す。



「奴隷オークション。この国では条例違反だが……説明を受けなかったのかい?」



 金属音よりも冴えた声で。

 一気に空間の温度が冷え切ってしまった。


「それとも、知らなかっただけかな? 

 ……そんな訳はないか。

 今回の摘発までに、繰り返し注意はしてきたつもりだ」


 喋る途中で襲い掛かってきた男の足を、鞘で引っかけて。

 転げそうになったところに手を差し伸べて、椅子に座らせた。


「あまり、武力行使は好きじゃないんだ。最終手段にしておきたい。そこで座っておいてね」

 

 恐れからコクコクと頷く人から目を外し、

 でも――と、立っていた男達に睨みを利かせた。


「第三者からの攻撃性のある動作を認められた為、現刻をもって――場を鎮圧する権限が国から私へ付与されました。

 だから、その武器をしまうのをオススメするよ」


 ただならない殺気。

 一歩を踏み出すと、男は道を開けるように飛び退いた。


 その後ろを着いてくるのは、低身長の仮面と高身長の仮面。

 つけなれていない仮面のままだと様子が把握できないのか、小さい方が仮面を少し外して――藍色に輝いた。


 ――主人公……。


「あ、そっか」


 ミタは完全に忘れていた。

 


「ヴァルフリートじゃなく、金髪藍瞳アイツが主人公だったのか」


 なんとも役不足というか。

 ヴァルフリートの方が主人公足り得る存在感がある。

 現状、この雰囲気を作り上げているのは騎士王だ。

 

 構えていた武器を降ろさせ、殺意を完全に無くし、

 反抗的な態度の腰を折って場を制圧したのは彼だ。


 これだけの人間がいるというのに「立ちむかおう!」という気すら抱かせないなんて、


「ねぎさんがヴァルフリート推しなのがよくわかるよ」


『黙ってて、今ライブ配信を録画してるから……』


「あ、はい。すみませんでした」


 数秒前まで舞台上にあった緊張感は、ヒーローの登場で観客席側へと移っていった。

 金髪藍瞳も気が付けば仮面を被り直して、背筋を正したままヴァルフリートの後ろを着いてきている。


「……ふぅ……主人公に助けられるモブって、こんな気分なんだろうなぁ」


 その姿に、ミタの頭は完全にスイッチがきれてしまった。



      ◆◇◆



 騎士王と仮面の二人は階段をゆっくりと下りてきている。

 その姿はまるで、歴戦の英雄の外旋のようにも見えるし、

 百獣の王に道を開ける動物たちのようにも見える。


 カツン、カツン。

 

 一歩一歩の音の振動が目に見えるように感じられ、それ以外の音を追い出すように耳に残ってくる。

 

 これは、威圧だ。


 発狂してしまう人がいてもおかしくない。

 けれど、発狂したらどうなってしまうか分からない。

 だから、必死に喉を腹の底に隠すようにしているのだ。


「――奴隷商。雇われ傭兵。そして、買い手の皆さん。

 この手の検挙は私の得意とするところではないのですが……」


 服に着いた埃を上品に払いながら、目は前にむけたまま。


「今日は、誰も傷つかずに終わればと思っています。ので、どうか協力をしてください」


 にこりと笑うと、ステージ上に転がるように奴隷商人が出てきた。


「や、やぁやぁ! ヴァルフリート様……そこで止まっていただきたい! 今宵はどのような御用ですかな?」


 こいつ……空気を読めないのか? ミタは腰が砕けたまま奴隷商人を見上げた。


「摘発ですよ、オーナー。この国で汚いカネを流すのは止めていただきたい」


「汚かろうが、綺麗だろうが、カネを回すことはとても有意義なことではありませんか! ここは最西の街でしょう? 都の恩恵も受けにくい! だから、こうやって――」


 まったく、醜い弁明だ。

 ミタはやけにリアルな映画を見ているつもりで眺めていた。


「そうだ! これは騎士団の皆様にも関係のある話です! 

 貴方がた騎士団は国が管轄をしている機関でしょう? 

 で、でしたら――」


 どうせ「黙れ」とかなんとかで怒られてしまうんだろう。そうなんだろう? ふふ。

 この手の弁を展開するおじさんは、大体一言で黙らされるんだ。

 そう余裕の表情で眺めていたのだが、



「――確かにそうだな。その話には納得できる部分がある」



 え、と場の全員が困惑した。


「カネを回すのは大変ありがたいことだ。まつりごとに精通をしている訳ではないが、その類の話は騎士団の方にも流れてきている」

 

 どうも、財政状態が火の車だとかなんとかって。どこかで聞いた言葉を呟く正義の炎は、ふ、と揺れた。

 その笑みに釣られるように表情に希望を乗せた奴隷商。


「ヴァルフリートさん……?」


 よからぬ方向に行っているのではないか、と仮面の二人は背後であせあせと騎士王の名前を呼んで。

 

「で、では我々は同じ方向を向いているということで――」


 喜色満面。

 揉みしだく手の上には、希望が乗っていることだろう。

 舞台上の奴隷たちは展開について行けずに、不安を顔に宿していた。


「あぁ、そうだね」


 奴隷商のおじさんの顔のしわは全部が上方向に動いた。

 もう、堪らないのだろう。

 階段の中央に立っているヴァルフリートも、屈託のない少年のような顔を浮かべていて。

 

「だが――」


 一瞬にして、剣のような表情へ。


「汚いカネで回らないといけない国ならば、滅んでしまえばいい……とも思っている」


 内緒だけどね――それは、目だけが笑っていない表情で。


「正直な話、今日は国の反対を押し通してやってきたんだ。

 国に籍を置く人たちは腰が重たくてね。

 もちろん条件は付けられたさ。

 だから、私達は今日日、この場にいる煌びやかな外装の買い手の皆さんの素性を探すことはしません」


 ――その時、観客席の間から影が動いていた。


「だから我々が来た理由は、奴隷の解放。ただそれだけ。

 シンプルでいいだろう? そっちの方が分かりやすい」


 奴隷商の口角が、死にかけの虫のようにひくついた。

 騎士王を睨みつけ、噛みしめる唇からは何かぶつぶつと小言が零れて出ていて。


「――――………………わかった」


 躍らせていた手をぎゅっと掴むと、合図を送るように、大仰に手を振った。


「……このお方は、会話ができないらしい。なら、お前ら――ッ! そいつを殺せぇっ!」


 そこでようやく、ミタは気が付いた。

 一つ目の男達が、武器を片手にヴァルフリートに駆けていたことに。


 草を掻き分けるように、

 巨漢に似合わない素早い動作で、

 観客席を渡って――



「――――私は、言った」



 男達が武器を振り下ろす前に、一瞬、騎士王の体勢が傾いたのが見えた。

 

 たったその一動作で――男達は血飛沫を上げ、枯れ葉のように観客席に落ちて行った。



「できる限り、命を獲らないようにはするつもりだ……が」



 奴隷商の目が飛び出るくらい見開いていた。

 さっきまで揉みしだいていた手はゆっくりと落ちて、希望も落ちて行くのが見えた。

 エルフも、信じられないものを見るようにして。



「少々、苛立ってるから無理かもしれない」



 ステージ上まで大波のように押し寄せた殺気に、二人は顔をひきつらせた。

 本能的に逃げ出したくなるような恐怖だ。

 勝てない、というのが脳裏に浮かぶ程の存在感。



「遺書を残す時間くらいは待てるけど、どうします?」



 ……龍の目の前でご機嫌を取ってるみたいだ。


 殺そうと思えば、殺せる。

 だけど殺したくないから、逃げ道は用意してるよ。

 心臓を握られているのに、まだ情けをかけてくれるって?

 

 これは『優しさ』ではなく、『強者の余裕』だ。

 サイコ感が滲み出ている騎士王は、目だけを笑わせずに舞台全体に目を走らせた。


『はぁ……かっこいい……』


「……コレ、俺らも間違って殺されない?」


『ミタさん、しぃーっ! これからいいところなんだから!』


「体が動かないから、口を動かすしかないんだが?? 逃げないといけないんでしょ? だったら」


『やめて! 声が入る! あっ、声を入れない設定にすればいいのか――って、ダメだ。いや、もう、黙ってて! ミタさんが動くタイミングはこっちで言うから! だから、そのままカメラを構えたまま! お願い!』


 ――予定では、混乱に乗じて逃げる算段だった。

 だが、『ねぎねぎ』が言うには、まだ混乱じゃあないらしい。


「それなら――」


『きゃああぁつ! ミタさん、見て! 見て!』 


「はぁっ!?」 

 

 顔を向けると、舞台上にいた警備員たちが階段をものすごいスピードで駆けあがっていった。

 今まで怯えていた観客席の傭兵たちも武器を手にし、貴族たちが逃げれる時間を稼ぐようにして。

 威圧が、錯乱状態を招いてしまったらしい。


「あら……そうですか」


「騎士王の首――ッ!」


 まるで、一度引いた波が押し寄せるように。

 人の波はヴァルフリートへ押しかかった。

 だけど、ミタはもう心配をすることはなかった。


(あ、これ。もう、そういう奴じゃん)


 いわゆる『勝ちイベント』な気がする。

 おそらく、これから起こることは、彼の好感度が爆発的に上昇するような演出で行われるのだろう……と。


『くるよ――っ!』


 階段の中枢に立っていた騎士王の表情は一つも変わらず、抜き身の刀身を三度振るった。


「――――遺書は書きましたか?」


 たった、三度だ。

 それで全員の武器を壊してしまった。


「なっ――!?」


 パキンッ、って硝子が割れたような軽い音を立て、キラキラと金属片が舞い散る中。


「なら、もう、いいですね」


 ヴァルフリートが踏み込み、蹴飛ばされる傭兵。

 蜘蛛の巣を払うように武器を振るい、人が無力化されていく。


「あのっ、これっ! もう戦闘ってことで良いですか!?」


「あぁ、彼らがその道を選択したんだ。従うしかないさ。頑張ってね、勇者サマ」


「期待されてんぞ、勇者サマ」


「……頑張らせてもらいますよ……!」


「聖者さまも、頑張ってくださいね」


「そんな柄じゃないっての――でも、仰せのままに」


 仮面の二人も、愚痴を言い合いながら観客席を渡って数を減らしていく。

 引けない傭兵や警備員たちは、次々に破損した武器を突き立てて――あっけなく、散っていく。

 あの二人も……強い。

 騎士王には並ばずとも、二段階ほど下の実力は持っている。


「俺じゃなくて、この世界の人らが無双してるんだけど。なに、これ」


 千切っては投げ、千切っては投げ。その繰り返し。

 敵の武器が届く前にこちらの武器を振り下ろせばいいのだろう、の精神で行われる戦闘。


「昔にあった戦国武将の無双ゲームがまさにあんな感じだったなぁ……」

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