第08話 ASMRだったら死んでた



「ひょえ?」


 これから頭を捻って考えるべき問題だと思って身構えていたら、思わぬところから回答が出てきてミタは顔を上げた。

 

「えっ、だって――え? 主人公が来ないから……ここは、イベントが起こらないって、え? なにが……何言ってんの?」


『そのイベントがあるんだよ! 奴隷商の所そこで! 奴隷オークションがあるの! それも結構でっかいヤツ!』


 ミタの頭上に「?」が沢山浮かんだ。


「なんでそんなこと知って……」


『ふふんっ! 教えてあげようとも。だって、その世界は――』


 『ねぎねぎ』の言いかけた言葉で、止まっていた脳みそが働くのを感じた。


「――――あ」


 そこにあるのだ。

 『ねぎねぎ』の手元には、書いてあるのだ――



「この世界はラノベの世界――」



 ミタの瞳に光がかかった。

 そうだ。

 そうだった!

 今後の展開が、主人公の動きが!

 ラノベには書かれているのだ!

 

「これは……これは……!」


 ――最高の展開だ。


「世界で次に起こることが分かるなら……そっか、そっかっ! ふはっ! そういうタイプだったか! これは、そうだな!」


 事態は思ったよりも、簡単で単純だったのだ。

 世界の展開が分かるのならば、それに合わせて動けばいいのだから!

 

「俺にチート能力が無いと思っていたけど――ッ!」


 嬉しさを噛みしめ、牢屋の奥でガッツポーズを作った。


「世界の事が分かるなら、それこそ最強じゃねぇか!」


 危ない少女を助けたら、ウハウハで好感度急上昇が望める。

 この世界に株式があれば、今すぐにでも億万長者になれる。

 テストの前に答えが分かっていたら、それこそ百点満点だ。

 

 ――そう。情報の先読みこそ、シンプルかつ最強の力なのだ。

 

 魔法をブッパするよりは目立たないけど、堅実なチート能力であることには間違いない。


「それ、いつあるの!? この後すぐ? カミングスーン? そりゃあそうだよなぁ! こんな見栄えの悪い場所でずっと話が続くなんて、作者側も筆が乗らないだろうし、風景だって変わらないから――」


『ミタさんはモブでしょ。何言ってんの』


「…………知ってますが?」


 人の言葉は時に、酷く心を抉ってくることがある。

 みんな気を付けようね。


『あとはそのイベントの日にちかなぁ。その世界の日付が分かったり、主人公の動向が分かればいいんだけど……分かりそう?』

 

 『ねぎねぎ』の上目遣いのような声に、ミタは鼻を鳴らした。


「それなら――」と自信満々に言いかけて、頼れる人間がこの世界にはいないことに気が付いた。「それならぁ……どうしようか」 


 現実に引き戻された気分で、ひんやりとする床に手をついた。


 牢屋の中にいる男たちに話しかけるのはNGだ。

 殴りかかってこられることはないが、陽キャの中でもとびっきりで頭のネジが外れてそうな奴らの声は腹と心臓に悪い。

 できれば聞きたくはない。

 

「……俺が話しかけれる人は……」


 先程と同じようにミタは鉄格子の間から細長い腕を出して、上の牢屋に入れられているエルフに見えるように手を振った。

 ガタ、と前の方に移動をするような音が聞こえると、ミタはできる限り鉄格子に近づいて。


「エルフさん。その、落ち込んでいるトコロ、申し訳ございませんが」


 コミュニケーションエラーが起こらないように、パーフェクトな声かけを心がける。

 今のミタは、スーツを着込んで身なりを整えた紳士だ。

 そんな紳士は、相手側の返答を待たずに、


「この世界って、今、何日とかって分かったりするっすか? あと、主人公――えー、あー」


『レイド!』


「あ、そうそう。金髪ぅ……で、藍瞳の――なんだよ、その勝ち組の容姿、腹立つな――レイドっていう少年がいまどこで何をしているのかって」

 

 できる限り声を絞りながらも、あくまで紳士のような声を保って――おこぼれを貰おうとする乞食のような声に片足を突っ込んでいるが――話しかけた。


 これで情報が分かれば、ミタはこんな陰気臭い場所から脱出をすることが出来る。

 ウキウキと心を躍らすミタだったが、重要なことを忘れていた。



「――あ、そっか。エルフの言語で喋るから……聞き取れないんだっけ」



 奴隷商に捕まった時に何かしらの言葉を言っていたのを覚えているが、まったく理解が出来なかった。


 おおよそ「公用語」と「種族言語」というところだろうか。

 みんなが英語で喋っているところに日本人が乗り込むみたいなもんだ。

 そりゃあ、分かるわけもない。


「あーーー……いや、なんでもないデス。お邪魔しました。これも理解されてないんだろうけど……」


 しょんぼり。

 ミタの顔が三人称視点で見れるならば「(´・ω・`)」という顔になっているに違いない。

 ミタはゆっくりと手を降ろしていくと。



「レイド……その名前聞いたことあります」



 ミタの顔が鉄格子の前で止まった。

 ただでさえカメラ映りが悪い顔が、もっと悪くなって、見えないというのに上を見上げた。



「え、声じゃん」



 当たり前だ。

 それは、声だ。

 エルフの声でしかなかった。



「声ですが」



 ミタの喉の奥が釣ったような声が、知性のある鈴の音を上書きする。

 

「う――あ……え? す、すごいですね! 声が出せるってことは――だって、バイリンガルってことですよね。うわぁ、そっかぁ……いや、でも、その感じだとトリリンガルとかもいっちゃってそうな……はははは」


 多言語かぁ~、と上擦った声で訳分からぬことを言いながら、ミタは牢屋の奥に引っ込んでいった。膝を立てて、その中に顔を埋めるまで秒読みの表情で。

 肩透かしを食らったようなエルフの声がそのあとに続く。

 

「え、終わり……?」


 んふぅ、と変な溜息をついて声は返ってこなかった。


「……聞きたいんですが、さっきからあなたは誰と話してたんですか?」


 これも返答がなし。

 ミタは空気がのどに詰まったような顔で、立てた膝の上に顎を置いている。


「女の人の声、意味の分からない単語……ラノベ? とか聞こえてきて……」


『み、ミタさん……? 私達の会話聞かれてたみたいだけど』


 かなり絞った声で『ねぎねぎ』が話し始めたが、


「その声。――あなたは、?」


 『ねぎねぎ』は指をさすようなエルフの声に、


『――……エルフって言ってたから、耳が良いのかな』


 息を吐きながら言葉を返した。

 この場にいない『ねぎねぎ』とエルフが値踏みをするような時間が過ぎていく。

 そこで、ミタはようやく声を返そうとして。


「…………ぁ」


 夏の終わりが訪れたような声が出て行った。

 おかげで、張り詰めていた女性陣の集中はぷっつりと切れてしまったようで。


『ミタさん……?』


「……?」


「もう、おなかいっぱいです」


「『おなか……?』」


 可愛い声でたどたどしい『ねぎねぎ』。

 鈴の音のように綺麗で、透き通るような『エルフさん(仮)』。


 耳が幸せにさせてくれる女性陣二人に迫られるミタは、胸の中でじんわりとした幸福感が広がっていく。

 が、それはそれで、これはこれだ。

 


「いい声過ぎて、心臓が持たないの!!」



 ミタの心の叫びを他の収監されている人たちが野太い声でかき消すのは、なんとも愉快で、チープで、お決まりのような流れだった。


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