第07話 モブ



 そこから『ねぎねぎ』の話を聞いていくと、この異世界の正体が分かってきた。


 どうやら、この世界は『ライトノベル』の中らしい。

 

「ふむふむ、なるほど」


 ラノベの世界に行くというのは聞いたことがある。

 悪役令嬢の転生系はそういうモノが多かった。


 だが、見たところ、ミタは主人公に転生などはしていない。


 この物語のタイトルは――「混淆の旅」と言って、えらく硬派なライトノベルだそうだ。

 その主人公は――「レイド」という、金髪藍瞳の好青年なのだという。


 はいはい、この時点で違いますと。

 ミタは黒髪で黒瞳で死んだ瞳の成人男性なのだ。


「うむぅ……こいつぁ、困った。今から整形髪染めしたら間に合うか?」


『やめてよ、日本人に金髪は似合わないって。この前ミタさんも馬鹿にしてたでしょ。成人式にいる金髪は全員汚いって――』


「やめてさしあげて。なんだか、悪いこと言った気がしてきたから」


 ならば、ラスボスという筋はどうだろうか?

 明確に定義されていないらしいが、この物語のラスボスは――龍なのだという。

 

 はい。

 お疲れさまでした。


『龍なら、サイクロプスにびっくりして気絶なんかしないと思うんだけど……』


「やめて! 言っただけだから! ラスボスって響きがいいなー痺れるなーって、ね? いいなーって思っただけ!」


 これで、ミタは「モブキャラ」として転移をしているのが確定しました、と。

 お決まりの異世界あるあるが無いと思っていたけど……これではっきりした。



「整理しよう」二人の声が重なったが、その声色というのはとてもかけ離れていた。



『ミタさんは「物語上、必要のないキャラクター」で』


 『ねぎねぎ』はワクワクしてるような楽し気な声で。


「俺がいる場所は「物語上、書かれていない場所」で」


 ミタは頭を抱え、現実を直視しきれないような声で。


 そうそう、と『ねぎねぎ』が納得したようにマイクの向こう側で頷くと、ミタはがっくしと肩を落とす。


「主人公の方で物語が進んでいるから、俺の所でイベントが起こらないのは当たり前――って感じ?」


 言ってて辛くなってきたミタは、ぼさぼさの髪を掻き上げる。


『そーいう感じかなぁ。……えっと、大丈夫そう? その、現実味とかないと思うんだけど』


 さすがにミタの状況を察した『ねぎねぎ』は顔色を伺うように――伺える訳がないというのに!!――優しい声色で話しかけた。


「はは、あると思う?」


 現実味なんて、ある訳ない。

 知り合いが異世界転移した。なんてパワーワードだ。

 それも、まさかラノベの世界に飛んでいるなんて、誰が想像して、誰が現実だと思うのだろうか。


「そういうねぎさんはどうなの? 知り合いが異世界転移って」


 どんな気持ちと聞かれ、マイクの向こう側で小さな唸り声が聞こえた。


『そりゃあ……頬が真っ赤になっちゃったよ。調べ物してる時、夢なんじゃないか! って急に冷静になったりしたし』


 頬が真っ赤? なに? 照れてるの?

 ――あ、頬を抓るってのを遠回しに言ったのか。

 ミタは乾いた笑いを浮かべた。


「……でも、おかげさまで、この世界のことなんとなく分かったよ。ナイスねぎさん。最高だァ――~ッ!?」


 ミタは背もたれにもたれかかろうとして、牢屋の奥の壁に後頭部をぶつけた。

 『ねぎねぎ』の心配そうな声が聞こえるが、幸いこちらの状況はあちらには見えていない。


「い、いやぁー、ちょっと隣の部屋の奴が、とち狂ってるんだ……っ」


 じんじん痛む後頭部を抑えながら、冷静を装うように胡坐をかいた。

 


 ミタは冷静だった。

 後頭部をぶつけたことに限らず、これまでの異常な展開に対しても頭だけは冷静だった。

 

 気が付くと水の中にいて。

 一つ目の怪物に襲われて。

 気が付くと牢屋の中に入れられていたとしても。

 

 土日休みを使って、車一台で東京から大阪にまで行って、観光してきて月曜日の仕事に顔を出したという『グルチャ』の仲間を超える情報量だったとしても!



 ――こんなの、何百回と妄想イメトレしてきたストーリーだ。



 オタクほど適応能力があるモノはいない。

 彼らは日ごろから頭の中で色々と妄想をしているのだ。

 

 空から急に美女が降ってきたり。

 手から光線が出せるようになったり。

 指をなぞるだけで、同級生の首を飛ばせるようになったり。 


「とりあえずは、自分の置かれてる場所がわかった……から」


 異世界転移も同じだ。

 何度、妄想したか分からない。

 だから、とりあえずは発狂することなく冷静でいられる……が。



「目先の問題はここからどうやって出るかって話になるな」



 ミタは鉄格子の向こう側に広がる、無機質な空間に目を広げて爪を噛む。案外、手枷が重たい。

 

 異世界転移をしていようが、現実の世界だろうが、ここは牢屋の中ということは変わらない。

 そして、異世界転移ということが決定した時点で、常識が通用しないことはおおよそ見当がついていた。

 主人公が関与しないであろうこの場所で、感動的な救出劇が繰り広げられるとは思えない。



 ――さて、どうするか。



『あ、そのことならいい案があるよ!』


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