第09話 主人公よ、早く助けにこい
「ふむぅ、ここが奴隷商か」
「そうだなぁ。さっそく立ち入るとするか」
「むっ、この男! 見込みがある!」
わーわー、きゃーきゃー。
ミタは主人公たちの仲間に入って、胴上げの祭りだ。
「――……本来なら、一方そのころ――って、主人公側の動向を描写するのがお決まりなのにさぁ」
なんとも空しい想像を瞳の裏でおこなうと、ゆっくりと目を開けて愚痴をこぼした。
ここは、ライトノベルの中ではあるが『ミタ』はライトノベルの中に本来は存在しないキャラクターになっている。
だから、これは、そうだな。
「――――暇だ」
今の状況を端的に表すとしたら、これが適当だろう。
牢屋の中で、リアルタイムに時間が流れていく。
ライトノベルならば「中継ぎ」のような場面変更も。
――翌月。
のような、分かりやすい時間経過も存在しない。
小説の中ではなく、小説の世界というのが肝だ。
この世界では自由に会話もできて、自由に食事も食べれる。
だが、一時間一分一秒がちゃんとした時間としてミタに刻まれていく。
たとえ、ライトノベルで主人公が街と街の間を一話で移動をしていても、その中で流れている時間をミタは味わうことになるのだ。
「ほんと、テンポの遅いラノベで助かったよ」
骨付き肉の骨をカジカジと齧りながら、お気に入りの場所である牢屋の隅っこで体を縮めた。
読者を飽きさせないために場面変更が頻繁に行われているラノベならば、ミタが暇な時間はそれだけ増えていく。
逆に、一話一話を重厚感たっぷりで描く小説ならば時間の流れは比較的にゆっくりだ。
「そら、『混淆の旅』ってタイトルでポップな訳ないもんなぁ」
しかし、ミタならば――いいや、言い換えよう。
ボッチで陰キャで、一人が大好きなプロのオタクならば、徒食な日々の暮らし方を知っているのではないか……?
暇つぶしながらば『ドミネ』で出来るのではないか、と。
「――と思っていた時代が俺にもありましたあ。聞いてくれ、オタク君とオタクちゃんたち。異世界転移はそこまでヌルイものじゃないぞ……ちゃんと勝ち組、負け組があるんだ。分かるか? 分かってくれ。そして、同情してくれ……」
牢屋の片隅で、いたたまれない気持ちに憑りつかれ、手首の『ドミネーション』を仰ぎ見た。
手首に映し出される日付はバグってる。
ネットの動画や、映画鑑賞が出来ない。
SNSと言っても、転移の寸前までに起動をしていた――「通話アプリ」しかできないというのが痛手だ。
だが、哀しきかな。
暇があれば昔の癖で『ドミネ』を見てしまうのだ。
その度に「あ、そっか。みえないんだった」と顔をくしゃくしゃにする。
「……まぁ、人の声が聞こえるだけマシだ。これがウィキペディア先生だったら、俺は多分孤独で発狂して死んでるだろう。その自信がある。……大いにあるね」
変な自信が胸の中に抱いて、首を傾けた。
「……それでも、今日が……ようやく、そのイベントの日だ」
ミタが牢屋で生活をして――12日が経っていた。
今日が、奴隷オークションの日なのだ。
「エルフさんがぜーんぶ教えてくれたんだもんなぁ~。はっはっは、ものしり〜」
例のエルフとは仲良くやれていた。
牢屋で過ごした12日、というより二段ベットで過ごした12日のようなものだ。
最初はあまり喋らなかっただったエルフさんも、段々と打ち解けてきたのか会話をするようになってくれた。
「やっぱり、顔が見えないと話しやすい」
さすがネットオタク。
対面以外のコミュニケーションはバッチリだ。
それはさておき、エルフさんから聞いた断片的な話を繋げると……師匠と『旅』をしている途中に捕まったらしい。
「……旅、とか陽キャだよなぁ」
世界のあちこちに存在している世界創造からある『
その他には、かつてエルフの森があった『旧、精霊ノ地』に趣き、儀式をあげる……とか。
後は上手く聞き取れなかったが、目的が多いように聞こえた。
結構大事な話をしているように思えるが、防音性は『精霊』で作り上げているらしく、ミタとエルフさんにしか話は聞こえていないらしい。
「精霊とエルフは親戚〜みたいな話は聞いたことがあったけど……」
ミタは見えないモノは見えない主義を取っているが、実際に叫んでも「殺すぞ!」と凄まれなかった。
便利すぎる、精霊。
「見えないものが『ある』なら、適当なツボを適当な理由つけて、目の前で『精霊』の効果を見せて買わせることくらい出来そうだなぁ」
少なくともミタは騙されそうだ、と。
鉄格子の近くまで行って、前に置いてあったお皿に味のしなくなった骨を投げ入れた。
――ヒラヒラ。
丁度、そのタイミングで上から色白の手首が艶やかに踊った。
話をしようという合図だ。
最初は目を奪われていた動きだが、ミタはこの期間である程度の耐性を獲得している。
それでも「――ううっ」胸を抑え付けながら、ときめきを堪えてようやくなのだが。
「なっ、な、なぁに。エルフさん」
「あの……」
「いいや、大丈夫さ。エルフさんは耳が良いから、もうちょっと声を抑えてほしいんでしょう? 俺の声は低いからさ。知り合いの赤ん坊をあやしに行ったことがあって。その時も――」
「いや、違う。まぁ、あなたの話は、その……よく分からない方向に」
「諦めて欲しい。それがオタクというものなんです」
「オタク……オタク……うん、うーん……」
やばい、悩む声が最高に可愛い。
ミタは心臓の中で誰かが太鼓を鳴らしているのではないかと感じる程の鼓動を感じた。
「……それで今日なんですか? その、おーくしょん、というのは」
「その通りです」
「そうですか。……わかりました」
敬語のような口調の理由は、あまり「公用語」に精通をしていないかららしい。
感覚としては、外国人が頑張って日本語を喋っているような感覚。
頑張って言語化するなら、ロシア人の少女が上目遣いでずっと日本語を喋っているような感覚がある。
「かわいい……かわいすぎるぞエルフ……」
一回しか見たことのない顔を妄想で色んなシチュエーションに当てはめてみる。
それが全部可愛い。
なんとも可愛い。
全部可愛い。
「それでも、本当によかったですよ。エルフさんのおかげで日にちが分かって」
「それは、良かったです」
「助かりました」
「そうですか」
「そうですよ」
エルフとは情報の共有が済んでいる。
といっても、ミタの独り言を勝手に聞いて、勝手に納得をしているだけだ。
ミタはオークション中に訪れるイベントの混乱に乗じて、逃げる算段を立てている。そして、エルフはその算段も知っている。
「じゃあ、頑張りましょうね。お互いに」
「はい……」
拳でも合わせようとしたミタの言葉の返しに、ふ、と聞こえたその声はとても意識がミタに向いているとは思えないもので、
「――……外に出ても、なにも変わらないのに」
雨が降る前のような声。
ミタは上機嫌に開いていた口を、ゆっくりと閉じて行った。
――アレ?
若干の違和感が、胸に広がる。
「あの……え?」
丁度、奥の赤いカーテンが開いて、大量の足音が聞こえてきて、ガチャリと鉄格子が開けられた。
「さぁ、出ろ! 商品たちよ! 今宵もたんまり稼がせておくれ!!」
ミタが屈強な男に連れ出される中、後ろを振り返った。
エルフの牢屋が開かれて、すらりと伸びた足が見えて――男の背中に隠されてしまった。
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