第25話 一番嫌いだ


 夜だ。 

 誰もいない。

 何もない。

 

 まとわりつくのは寒風という孤独感だけで。

 楽しくて明るかった異世界転移なんてなくて。

 綺麗に思えた街並みも、黒い絵の具をぶちまけられたように色濃く。

 それは、どこか拒絶をしているようにも見える。

 

「……オレ、一人だったんだな」

 

 広い階段の端、ミタは身を縮めて呟いた。

 ため息が漏れる――それは、多くの感情が入れ混じった呼気だった。

 ひんやりとした感傷。

 澄んだ空気が鼻に刺さる。

 上を見上げれば、星空が絨毯のように広がっている。


「……」


 とても綺麗だ。

 そう。綺麗なんだ。日本の夜空とは比べ物にならないほど、幻想的。

 ここがちゃんと、外の世界なんだって分かる。


 でも……人の関係性は絡み合うように歪で、

 ひも解けれない程に奇妙で、

 とても現実味を帯びていた。


 良いことをしたら嫌われ。

 やりたくも無いことをさせられ。

 救おうと思えば命を狙われる。


「……それは、俺が主人公じゃないからそう思うのかな〜。

 どーなんだろ。

 主人公からしたらこの世界もハッピーなのかな? 

 女の子に好かれて、一振で敵を倒せれてーとか。

 ……その皺寄せでも食らってんのかな? ハハ」


 そんなことは分からない。

 でも確実に言えるのは……異世界系の王道の道筋を辿っているように見えた物語は、途中から横道にそれたってことだ。


「――ねぇ」


 それは、とても既視感に溢れた逸れ方だった。

 

「……この世界ってさ、もしかして『バッドエンド』?」


 感じていた疑惑。

 それを答えてくれるのは、手首越しの


『……うん』


 『ねぎねぎ』だった。


「そうじゃないと、おかしいもんなぁー。この展開でハッピーエンドなら、頭がハッピーだもんなぁー」


 納得をしたように階段横の壁にもたれかかる。頭の中にひんやりとした冷気を宿していく。

 噴水に突き落とされた後、通話をかけ直して事の顛末を愚痴をつぶやくように話していた。


「あー、はっぴー、はっぴー……くそ」

 

 エルフさんは『魂』を償う旅をしている。

 エルフさんはあの顔をしていて『醜い』らしい。

 オズが、こうも序盤に死ぬらしい……。

 そんな世界は……『バッドエンド』……だって?


「クソが、ふざけんなよ……!!」


 オタク、大爆発である。


「エルフさん――あ、もうエリルちゃんって呼んじゃうもんね!? エリルちゃんのどこが醜いんだよ!? めーちゃめちゃカワイイだろうが!!」


 クラスに一人でもいたら男の子の目が肥えさせて今後の配偶者選択を狂わせる存在。

 消しゴムなんて渡してみろ、死ぬぞ、俺が。

 魂は百里くらい譲って……見えないし? 汚くてもいいかもしれないけど――


「良くなーい!! あの顔面と魂が『醜い』ってなんだよ!? お前の言葉遣いの方が『醜い』だろぉぉぉお?」


 ぜぇ、ぜぇ、とミタは荒い呼吸のまま言葉を続ける。

 

「それに、オズが死ぬのは……まじでわかんない。なんでだよ!? 死ぬか!? アイツ!? ファン投票で主人公を差し置いて一位になるような奴だろーが!!」

 

 主人公たちよりも強い、ヴァルフリートオズが死ぬ。

 それはミタ的には物語の終盤で描かれるべき話に思えた。


「確かに師匠や強キャラが死ぬ物語はあるよ!? 

 でもそれは……大体が『あの人の代わりに頑張る』ってパターンとか!? 

 成熟した主人公を負の面に落とすためーとか!? 

 そもそも師匠が悪役だった……とか? 

 そもそも、殺さなくてもいいじゃん? 

 隠居とか、生きたままでもいいやん?」


 ヴァルフリートオズは本来なら、主人公たちの心の支えになるような立ち位置なヒトな気がするのだ。

 剣技などを教え、強敵に立ち向かう心意義を説く。

 あの人がいるから大丈夫だろう――そう思わせる、大きな城壁のような後ろ盾。

 そんな彼をこうも序盤に殺すなんて、絶望の底を歩かせる気しか感じられない。


「主人公に関係ない人が進行上の都合で死ぬなら、まだなんとか分かるけど……分かりたくないけど。いや、まぁ、とりあえずオズが『死に役』はおかしいだろぉぉ……。それに! あの、エリルちゃんは不細工じゃねぇ……!」


 持論を語るオタクに見えるだろうが、何千と作品を見てきたオトコの言葉だ。信頼性が違う。

 感情の滝が落ち着いた後、息を整えながら髪を掻き上げたミタは聞く。


「……これ、どんな物語?」

 

『……『混淆の旅』は、TRPGに惹かれた作者が流行を取り入れた、重々しい雰囲気で描かれた作品……になってる』

 

「はいはい。ゴブリンを倒す名作の読者だ」

 

 ひと昔前に一世を風靡した『常識を覆した名作』。

 あのダークファンタジー感に、影響された作家は大勢いた。

 でも、そのほとんどが『ダーク』だけを受け継いだ駄作だ。あの名作の素晴らしいトコロはそこではないのだ。

 

『言うとなんだけど、救いはない、というか』


「メンタルがボロボロになる系?」


『うん……』


救いがない系ノーカタルシス!? ほーりーふぁっくっ! 俺が一番嫌いなジャンルだぜ!」


 ほら、来た。悪戯に人を殺し、凌辱をする。

 それはもはやダークファンタジーではない。

 現実の醜さや悲劇を描いたとして、そこから救えるナニカがあれば話は変わってくる。

 が、ここで騎士王オズを殺して何が起こる?

 あと、エリルちゃんは不細工じゃない。ふざけるな。


『ごめん』


「ねぎさんは何も悪くないでしょ。ただ――」


 ミタは笑いながらも毒を吐く。


「最悪な気分だ」

 

 極度のハッピーエンド厨。それが、ミタだ。

 バッドエンドの作品に対してクレームのお手紙を出すくらい、彼の『物語』への思いは熱い。

 『ねぎねぎ』から始まり、あのグループの面々はミタのハピエン厨ぶりを味が出なくなるほど味わっている。

  

「物語の主要キャラは全員幸せにならないとダメだ」


『うん』


「文学は『もし、こう生きられたら』を表現する学問だ」


『……うん』


「現実世界の避暑地。それが、空想の場なんだ」


 寒空の下、ミタの口は火が灯ったかのようにあつくなっていた。

  

「息が詰まる世界で生きてる俺らを、自由に呼吸をさせてくれるのがそういう世界だぞ。

 それをバッドエンド厨の奴らは、したり顔で荒らしていきやがる」

 

 泣かせたい作者と、感情を吐き出してストレス発散をする読者。その需給が一致している作品ならば喜んで見たくなる。

 主人公が困難に立ち向かって、頑張る姿を描く作品というのは儚く、愛おしく、どこか心惹かれるものがあるのだ。


「が、バッドエンドとダークファンタジーは違う」


 後味が美味しくない。

 ちゃんと、主人公と周りのキャラを何らかの形で幸せにしてくれる。


「ただ単にイタズラに絶望に突き落とす作品は」


 ミタは、この作品に唾棄をするように呟く。


「本物のカスだ。即刻死ね」


 一度見たらトラウマのように思い出す。

 印象に残りやすいが故に、苦しくなってしまう。


「現実世界が苦しいんだから、空想の場所くらいは楽しくて、面白くて、正義が勝って、みんなが大団円で終われる……そんな世界じゃないとダメでしょーが……!」

 

 ミタは髪を掻き毟りながらうつむいた。

 大きな声を出しても怒られることは無い。

 たまに通りがかる冒険者らしき人達が、変人を見るような目で見てくるだけ。

 

「……」

 

 すぅ、はぁ、と荒い感情を落ち着かせる時間が経った後、『ねぎねぎ』は時頃を見て声をかける。

 

『……これからどうするの?』


「わっかんないよ……あーーー、ナビゲート役の妖精か、美少女 (手の平サイズ)が欲しくなっちゃうなぁ〜。あーあ、コマンドコマンド。ステータスオープンー! ……なぁんて」


 何千何万とイメトレをしてきたミタだったが、バッドエンドの世界に手札がない状態で放り込まれるとは思ってもみない。


「わかんないよ。だから」


 これは、


「まずは、状況整理をさせてくれ」


 それしかない。

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