第26話 ハピエン厨は厄介であるからして



「カッコイイ騎士とか迎えに来てくれないよね? オレ、モブキャラだし」


『う、う〜ん……うん』


「だったら奴隷の少女 (溺愛系)が助けに来ない? 手懐けたモンスターが覚醒したり、酒場で知り合った仲間が助け舟を出してくれたり?」


 その答えは、ミタの周りの寒風が持っている。


「だよなぁ? オレ、モブキャラで。現状、ボッチだし。

 え、未来なくない?」


 悲観的な状況整理はすぐに終わった。

 肩を落とすと、寒い風が体を包んで袖を擦る。

 見ての通り、ミタを助けてくれる存在はいないのだ。


「……」


『……』


「ねぎさんの先読みの力があっても、この展開は救えないもんなァ~……」


『わたしは小説を読んでるだけだけどね?』


「いやいや、それが最強なんだって」


 とはいえ、『ねぎねぎ』の先読みは主人公の近くにいないと発揮しない力だ。なぜなら、物語は主人公の周りを書いているものだから。

 ぐぐぐと背筋を伸ばして、はぁ、と淀んだ息を吐きだした。

 


『でも、ミタさんは一人には慣れてるでしょ? だって、一人じゃないし』



 その当然と言わんばかりの声にミタは頭上に「?」を沢山浮かべ、理解しようと眉を顰め……しまいに首を傾げた。


「なぁんで? コワイ話しようとしてる?」


『なんでよ』


 顔を伏せたままミタは『ドミネーション』越しでも聞こえるほどの声量でため息をつく。対照的に『ねぎねぎ』は語尾に「w」がついてそうなテンションだ。


「一人だよ、一人~。分かる? 配信付けよっか? 周りには誰にもいない」


 聞こえてくるのは風の音と広場から微かに聞こえる噴水の音だけ。これが一人じゃないと言わずになんという。


『いや、うん。周りにはそうだと思うけどさ』


「あ、ワタシがいるじゃんってハナシ? 感動する」


『なんでそう言う風に解釈するかなぁ? 違うよ』


 マイクの向こうで『ねぎねぎ』のマジレスがなんだか面白くて、ミタはわずかに笑った。


「で、どういうことなの? オレ、まだ望みがあるって感じ?」


『望みもなにも、ミタさんは最初から一人じゃないじゃん。一人だけど』


「やっぱりコワイ話じゃん! 何か見えてる? 美少女幽霊が憑いてる? もー、それならそーと言ってよねぎさん!」


 うざ――と可愛い声で罵ると『ねぎねぎ』は呆れた声で。


『その世界に行く前も、パソコンの前に座ってたんだから一人でしょってこと』


「あー、うん?」


『でも、オンラインでみんなと繋がってるから一人じゃないでしょってこと』


「あー、うん」


『だから――ミタさんは最初からずっと一人で、一人じゃないでしょ?』


 『ねぎねぎ』の言いたいことが分かり、ミタは細くなっていた目が大きく見開いていく。


『最初からミタさんは一人で、ずっと頑張ってきてたんだよ? だから振り出しに戻っただけじゃん。なんでそんなに辛そうなの? 頑張ってよ』


 現状を悲観するな、という意図で『ねぎねぎ』は話したのか。

 少し前まで吹けば飛んでいくような声で泣いていた彼女が、今度は落ち込んでいるミタを励まそうとしてくれている。


「……ははっ。ふはっ!」


 こんなことで元気がもらえるなんて、単純なんだろうなぁ。


「あーあ! なぁんか、傷ついた! 慰謝料もらわないと」


『えぇ? やだぁ』


「シンプルに嫌がられても困るよぉ」 


『だったらワタシは慰めたんだから、慰め料を貰うよ?』


「慰めになってないんだって、刺さったよ。クリティカルヒット、HPはもう0よ?」


『っていう割には楽しそうだけどね』


「まぁ、実際は第二進化がこれからあって? HPが全回復するイベントがある訳よ」


 最初から一人だった。今は、最初からの延長線上にある話。

 ただ直接会って話せる人が少しの間にいただけで、元の状態に戻っただけ。

 今の最初の状態で、今まで生きてきたのだ。

 だからマイナスにはなっていない。

 スタートラインに戻っただけ。


 ……とはいえ、


(HPは全回復は言い過ぎたかな、よくて――半分か)


 一度、リアルの人の温かさを知ったのだ。

 冬の中、布団を引っぺがされた人間は布団の温かさを享受しようと布団を取り戻そうとするだろう? それだ。


「半分もあるなら、まだ、頑張れるか……?」


 自分の中へと問いかけ。自分の調子は自分がよくわかるというもの。だけど、ここまで分からないのは初めてだ。

 頑張ろうと腰を上げているのに、何をすればいいのか分からない。イラストや小説を新たに描くときのような感覚だ。


 真っ白いキャンバスの前。

 自分は立っていて、筆を握って構えている。

 『どこに筆を下ろそうか』『全体像はこれでいいのか』『あとから修正は効くのか』『自分の考えはコレから伝わるのだろうか』『前後の作品との矛盾点はないか』。

 

 汗を垂らして、頭で色々と葛藤をする。

 やがて脳みそに全部のリソースを割いて、体が動かなくなる。何が正解なのか考えて、不正解を恐れて――……。



『頑張れよオタクー。推しキャラを幸せにしろー。私達イラストレーターの仕事を全うしろ~』



 耳に入ってきた『ねぎねぎ』の声。

 乾いていたスポンジに水が染みこむように。空きっ腹に炭酸を流し込んだ時のように。

 その声は、ミタの体が進む方向をスンッと示してくれた。


「……なんだか膝カックンをされた気分になったよ」


 でも、それが、なかなかどうして、


「はは、やっぱり、オレは変わんないなぁ。分かってたけど!」


 そうだ。

 大体こういう時、いつも自分は筆を走らせてから始めていたじゃないか。


『が、頑張れ~、オタク~』


「うっせ。ねぎさんも頑張んだよ!」


『わ、声でか! オタクはこれだからなぁ~。ぼそぼそ喋りか怒ることしかできないんだから』


「オタクだから仕方ないでしょ?」


『ま、そうね?』


 その後の沈黙で、二人は大きく笑った。

 このノリ、久しぶりだ。

 自分たちでしか分からないノリ。

 

「ひさしぶりだなぁ、なんか、こうやって話すの」


『いつも話してるのにね』


「まじでそれ。ここにエナジードリンクがあれば……ないんだけどね?」


『着払いで送ろうか?』


「送れるもんなら」


『日本の物流の力は異世界まで行くから』


「あ~、期待しとこ」


 パソコンのマイク越しで話すときのように。

 あらぶっていた気持ちが段々と安らいでいく。

 

 ――ミタは、いつも一人であって一人ではない。


「あーあ~。オズが死ぬのなんか見たくないなぁ」


 わぁ、と白い息が空中に消えていく。


『ミタさんが死ぬのも見たくないよ、わたし』


「俺はオレだからさ。これが、俺が操作してるキャラならまだ無謀なこともさせれるけど、オレはビビりだから。なんともー……ね?」


 一回も死んだらダメなゲームは何度もやったことがある。

 その経験が生かせれたとして、死線から十歩は後ろでウロウロをしておきたい。痛いのはご勘弁だ。


「ま、ねぎさん元気だして? 元気元気! 口数少ないよ? FPSしてる時みたいにさ」


『いや、シンプルに夜通し起きてて疲れてるだけ……』


「あ、そういう」


 こういう時に素を出すから『ねぎねぎ』はミタの友人フレンドなのだ。


『そういうミタさんも元気無いよ、声だしてこ?』


「オレはいつもクールで通ってんの。ボサボサの頭から覗く鋭利な瞳。キレ者の雰囲気増し増しで行きますよ、と」


「なぁにそれ」


 ふふ、と控えめな笑みが聞こえたことでミタは膝を叩いて立ち上がった。

 何をするかは決めていないけど。

 先は不安ばっかりだけど。

 とりあえずは、気持ちを素直に吐き出すところから始まるのだ。


「俺はさ、異世界に憧れてたんだよ。エルフとか、アマゾネスの腹チラを見てみたり、イケメンの寝顔に油性マーカーで落書きしたり」


 突然始まったミタの言葉に、『ねぎねぎ』のマイクからは席を座り直したような音が聞こえる。


『ワタシもイケメンと一緒にランチを食べて、美女と大きな木の下でサンドイッチを頬張ったり、洗濯機とかじゃなくて踏んで汚れを落とすー……アレで皆でキレイにしたり?』


「あー、あれね? 楽しそうなやつ」


『そ、そ。ちょっと冷たそうだけどね』


 二人してくつくつと笑う。

 傍から見れば異世界に来てやってみたいことを話すオタクだ。

 だけど、それがいいのだ。


「あとは、港街の喧騒を聴きながら勉強してさ。オヤジに『お前勉強ばっかしてんな〜』ってイジられたり、『俺が教えてやろうか?』『お前にできっこねぇよ』みたいなやり取りを聞いたりさ」


『船乗り樽とか、よく分からない楽器で曲を奏でてるのを横目に異世界生活を満喫したかった?』


「そ。まじで、それ」 


 希望を空に描き、手を頭の後ろに回して寒さを紛らわすように階段をウロウロ。

 人の目がようやく気になってきて、目を左右に行き来させると膝に手を置いて「あーーーーー」と大きな声を出した。

 

 しんっ、と静まり返る。


 けれど、それは重々しい雰囲気ではない。


 男のオタクが、行く道を消める決断の間だ。


「…………決めた」


 ミタの声。

 まっすぐ通った声。


「このまま夢を語っても、しょうがないと思いました、オレ」


『うむ』


「だから、その夢を現実に近づけるために!」


『うむ!』


「あのリヒトっつー男エルフに挑んでみようと思います!」


『おぉ!』


「オレの、今後の異世界ライフのために! エリルちゃんを連れ戻すために!」


『エリルちゃんはミタさんのことどうでもいいかもしれないけど』


「いいや、そんなことはない! あの目は、そう言う目だ!」


『うわ、厄介オタク。エリルちゃんはそういうのじゃないって?』


「そう! いや、まぁ、そうでもいい!」


 いいんだ、と笑う『ねぎねぎ』。

 いいのよ、と笑うミタ。


「でも、とりあえず俺ができるのってそれくらいじゃん!? だから、それをするしかないよ! 多分、俺がキャラ操作画面だったら左端に『メインクエスト:リヒトを説得する』って書いてるくらいにさ!」


 可愛い声で「うんうん」と頷かれ、ミタの意思は完璧に固まった。

 もはや、この勢いは止めれない。

 行動力のあるオタクは恐ろしい――そんなの古事記にも聖書にも書かれてることだ。最近は憲法にも記されているだろう。


「行くぞ、頑張るぞ、レスバトルだ。あの正論暴力イケメンと屁理屈チクチクオタクのタイマンだ!」


 がつ、と両の手の拳を合わせ、ふっ、と息を鋭く吐く。


「ハピエン厨なめんなよ、クソが」


 さぁ、このオタクの快進撃と行こう。



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